5月20日(土)、萌黄の館を見た私は、そのほかの異人館も見て回りました。
すぐにハンター迎賓館が有りました。
英国人実業家のエドワード・ハズレット・ハンターが暮らした屋敷を改装したものだそうです。結婚式場として使われているようです。エドワード・ハズレット・ハンターは、日立造船の前身を創業したそうです。日本人の奥さんと結婚し、暮らしたそうです。
オランダ館の前に通りかかりました。ちょうど民族衣装の女性に行き当たりました。トップの写真です。
本家オランダ館は、公開が終わったようです。張り紙が出ていました。
何だか、捨てられたような状態に感じました。
坂を登っていくと、うろこの家が見えてきました。
一番最初に公開された異人館だそうです。外国人向けの高級借家として建てられたものだそうです。3000枚もの石のスレートが魚のうろこのように見えることから、「うろこの家」と呼ばれるそうです。美術館が併設されており、マチス、ユトリロ、キスリング等の近現代絵画が展示されているそうです。
こちらのお宅も異人館のひとつのようです。現在は日本人の方がお住まいのようです。
ラインの館は、現在、震災対策と保存修理の工事中でした。
1915年(大正4年)の建築だそうです。建築主はJ・Pドレウェル夫人だそうです。
ラインの館の向かいには、旧アメリカ領事館官舎が有ります。
テラスが素敵です。
ベンの家は、1902年(明治35年)の建築だそうです。
建築当時のまま、保存されているそうです。
こちらの家も異人館のようです。
そして、私は布引の滝へ向かうため、山側の道を歩きました。神戸港が遠くに見えます。