9月23日(金・祝)、私は兵庫県赤穂市にいました。赤穂市に行ってみたかったからです。なぜなら、私の祖先は赤穂藩の浅野家に仕えた足軽だと父から聞いているからです。


それで、まずは主君のいらっしゃった赤穂城に行ってみました。

赤穂城には上水道が敷かれていたことを知りました。


城の傍に多くの家臣が住んでいたようです。こちらは近藤源八宅長屋門です。

こちらは、大石良雄宅長屋門です。

江戸時代の建物は、この2つだけだそうです。

大石頼母宅の門は復元したものです。

城の前には、庭園が復元されていました。

本丸門に到着しました。トップの写真です。本丸門は17世紀の中頃に建築され、明治10年代の後半までは残っていたそうです。その後、取り壊されたことから、現在の門は1996年(平成8年)に復元されたものです。

本丸御殿の地図が有りました。

そして、建物は無いですが、間取りが分かるようになっています。


天守台が有りました。


ここに天守閣が築かれていたのでしょう。そして、開発された塩田が望めたことでしょう。

赤穂藩は入浜式塩田の先進地だったようです。今は、工場や街並みになっているようです。
