西島三重子さん関係のレコードのまとめ4です。第4期は、東芝EMI時代です。始期は昭和60年からなのですが、どこまでを東芝EMI時代とするかが難しいです。
東芝時代の後期は、オリジナルアルバムを発売できない時期が長く続きました。
そのような中で、西島三重子さんは、東芝系のプロダクションであるTOEMIミュージックオフィスに所属することになり、河野さんがマネージャーにつきました。
そして、河野さんがTOEMIを定年退職し、西島三重子さん、しゅうさえこさんと共に、アオイスタジオに移籍したのが平成4年5月1日でした。このことから、一応平成4年までを第4期としました。
したがって、次の第5期はアオイスタジオ時代(平成5年から現在まで)となります。
昭和60年(1985年)
10月21日 シングル「時計を見ないで/時代川」
11月30日 アルバム『SHADOW』
昭和61年(1986年)
1月22日 酒井雅子「キャッツ・ダンス」
1月22日 酒井雅子「スウィート・ドリーム」
2月21日 中山ミサ「ごめんね」
6月 4日 アルバム『寝物語』
6月 日 アルバム『MIEKO NISHIJIMA 76/45』(非売品)
6月25日 シングル「流されて」
9月 3日 シングル「冬なぎ」
10月22日 アルバム『冬なぎ』
昭和62年(1987年)
6月 5日 アルバムCD『ニュー・ベストナウ』
7月 5日 シングル「池上線」(再発)
9月 5日 アルバム『PERSONA』
9月21日 かおりくみこ「あいつのハンググライダー」(カバー)
昭和63年(1988年)
2月 5日 子門真人「にが虫おじさん」
2月 5日 アルバム『想いのとどく日』
2月25日 シングル「カフェ・ニセ」
3月 日 アルバム『MIEKO NISHIJIMA LIVE』(非売品)
8月25日 シングルCD「池上線/のんだくれ」
11月 日 アルバム『地球よ廻れ DIRECT CUT 45』(非売品)
平成元年(1989年)
2月21日 マルシア「池上線」(カバー)
平成2年(1990年)
月 日 太田 真季「ガラスの聖夜」
平成3年(1991年)
11月13日 シングル「かもめよりも遠くへ/少年の日の海~洲の崎へ」
平成4年(1992年)
12月 2日 梓みちよ「TOKYOシンドローム」
なお、カバー曲については、注目曲のみを記載しています。
東芝時代の後期は、オリジナルアルバムを発売できない時期が長く続きました。
そのような中で、西島三重子さんは、東芝系のプロダクションであるTOEMIミュージックオフィスに所属することになり、河野さんがマネージャーにつきました。
そして、河野さんがTOEMIを定年退職し、西島三重子さん、しゅうさえこさんと共に、アオイスタジオに移籍したのが平成4年5月1日でした。このことから、一応平成4年までを第4期としました。
したがって、次の第5期はアオイスタジオ時代(平成5年から現在まで)となります。
昭和60年(1985年)
10月21日 シングル「時計を見ないで/時代川」
11月30日 アルバム『SHADOW』
昭和61年(1986年)
1月22日 酒井雅子「キャッツ・ダンス」
1月22日 酒井雅子「スウィート・ドリーム」
2月21日 中山ミサ「ごめんね」
6月 4日 アルバム『寝物語』
6月 日 アルバム『MIEKO NISHIJIMA 76/45』(非売品)
6月25日 シングル「流されて」
9月 3日 シングル「冬なぎ」
10月22日 アルバム『冬なぎ』
昭和62年(1987年)
6月 5日 アルバムCD『ニュー・ベストナウ』
7月 5日 シングル「池上線」(再発)
9月 5日 アルバム『PERSONA』
9月21日 かおりくみこ「あいつのハンググライダー」(カバー)
昭和63年(1988年)
2月 5日 子門真人「にが虫おじさん」
2月 5日 アルバム『想いのとどく日』
2月25日 シングル「カフェ・ニセ」
3月 日 アルバム『MIEKO NISHIJIMA LIVE』(非売品)
8月25日 シングルCD「池上線/のんだくれ」
11月 日 アルバム『地球よ廻れ DIRECT CUT 45』(非売品)
平成元年(1989年)
2月21日 マルシア「池上線」(カバー)
平成2年(1990年)
月 日 太田 真季「ガラスの聖夜」
平成3年(1991年)
11月13日 シングル「かもめよりも遠くへ/少年の日の海~洲の崎へ」
平成4年(1992年)
12月 2日 梓みちよ「TOKYOシンドローム」
なお、カバー曲については、注目曲のみを記載しています。