ばくのメモ帳

『ばくのお宿』管理人の西みつのり、略して西みつのメモ帳です。ホームページに書き切れない雑多な情報を綴ります。

文庫版『鎌倉ものがたり』新発売

2014年07月31日 | 西岸良平
文庫版の『鎌倉ものがたり』第20巻が発売になりました。


双葉文庫名作シリーズ 2014.7.20 第1刷発行

第298話「鎌倉一日警察署長」から第312話「張り込み」までを収録しています。

新書判の『鎌倉ものがたり』については、2巻までは購入したのですが、第3巻の購入をためらっていました。西岸良平先生のコミックスについては全巻収集しようと考えています。それでもこの表紙を見て、躊躇していました。


新書判『鎌倉ものがたり』 2014.3.10 第1刷発行

第3巻は「あやしの迷宮・鎌倉編」との副題が付いています。こちらは第29話「比企の契り」から第42話「鎌倉住宅事情」までが収録されています。

購入をためらっていたのは、表紙イラストの「色」です。原色が強い感じで、好きではありません。内容的には名作「路地裏の散歩者」、「桜の木の家」、「凍りついた場面」などが収録された、とても好きな巻なのですが・・・。

『鎌倉ものがたり』のコミックスは、特に第1巻のカバーなどは透明感あふれる色使いでとても好きでした。(スキャンしてしまうとこの透明感は出ません。)

新書判はもう次の巻が発売になっています。こちらはもう少し待って購入したいと思います。

『鎌倉ものがたり』は(今のところ)4種類のコミックスで読むことができます。

まず、B6判コミックス、先日第31巻が発売になりました。


アクションコミックス 1985.5.19

次に文庫が発売になりました。今回第20巻が発売になりました。


双葉文庫 名作シリーズ 1999.10.20

コンビニコミックス、「Coins アクションオリジナル」です。現在はスペシャルセレクションとして、サブタイトルに沿った話が集められていますが、以前は話数順に収録されていました。


3Coins アクションオリジナル 2003.10.17

話数順に収録されていたのは2008年3月発行の「真冬の怪談」までで、以降はプレミアム、セレクションと続いています。

そして、平成13年から新書判も発売になったわけです。


アクションコミックス・新書判 2013.6.12

新書判のメリットは収録作品が多く、比較的安価なことでしょうか。印刷はB6判のコミックスより小さくなっており、左右の余白も少ししかなく、窮屈です。

新書判より、B5判の雑誌形式の方が見たいですね。

「西岸良平まんが館」に文庫版の『鎌倉ものがたり』第20巻等の情報を加えました。月イチ『三丁目の夕日』の7月刊「夏の旅」のデータもアップしました。三丁目の夕日シリーズではありませんが、『ビッグコミックオリジナル増刊号』に掲載された名作「サーカスの夢」、「振り子時計の下」が収録されています。

西岸良平まんが館

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銚電応援ライブ『祝 銚電写真館オープン』

2014年07月27日 | 銚子電鉄
7月27日の日曜日、銚子電鉄犬吠駅に来ました。昨日オープンした、中井精也さんの銚子電鉄応援の写真展を見学し、記念弧廻手形を購入します。

9時過ぎに犬吠駅に到着。写真館もライブも始まりは10時。記念弧廻手形の発売も10時からです。1時間ほどぶらぶらして始まりを待ちました。

犬吠駅の入口です。最近オープンしたお店の案内ポスターが貼られています。




今日のライブのポスターです。


10時ちょうどに記念弧廻手形の販売、3枚を購入しました。


ライブも始まっています。オープニングは銚子元気娘。とファニーバンドのコラボです。


オープニングセレモニーが始まりました。司会は銚子元気娘。です。


銚子電鉄竹本社長のあいさつ中にデハ1001銀座線カラーが通り過ぎていきました。



ライブはファニーバンドの演奏から始まりました。「鹿嶋市近隣に住む愉快な吹奏楽団」とのこと。



続いて銚子元気娘。とコラボで演奏。



写真展は犬吠駅舎の2階です。現在の犬吠駅舎が新築された時は2階にレストランがあったように記憶しています。その後、後藤純男美術館が置かれたこともありました。現在は物置になっていましたが、多くの方の協力で写真館がオープンできたとのことです。



2階に上がると現在の銚子電鉄4編成がお出迎え。


「昭和の銚子電鉄」の懐かしい写真が並んでいます。



メインは鉄道写真家中井精也氏の「ゆる鉄 in 銚子電鉄」です。


当然撮影は禁止だと思っていたのですが、写真撮影OKとのこと、これはうれしいですね。


この日も多くの方が写真展を見学に来ていました。


最後に・・・・・・


今日は午後にもイベントが予定されているのですが、1時から地元町内会の会合があるので、11時過ぎの電車で帰りました。電車はデハ1001銀座線カラーと思っていたらグリーン編成でした。


銚子元気娘。のヘッドマークが付いています。デハ1001銀座線カラーは外川駅に止まっており、午後のイベントに使われたのでしょうか。


車内でも弧廻手形を購入。ひたちなか海浜鉄道との姉妹鉄道提携記念の弧廻手形でした。




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銚子電鉄・今昔展

2014年07月23日 | 銚子電鉄
7月20日の日曜日は、犬吠埼灯台で「海の日特別公開」と音楽祭のイベントがあったのですが、町内会で神輿巡幸の交通整理があったため、参加できませんでした。

翌21日(月)に、地球の丸く見える丘展望館に行って来ました。



紫陽花ももう終わりですね。


展望館に来たのは「銚子電鉄・今昔展」を見るためです。


テーマは「発売された切符(きっぷ)あれこれ」とのこと。



展望館2階の展示スペースは、ジオパーク関連展示とイルカ・クジラウオッチングコーナーの常設展でほとんどのスペースを使っています。

そのため、今回のような企画展は中途半端な感じになってしまいます。前回の観光ポスター展も同じでした。

受付で購入したイベントの記念入場券です。車輌内や駅構内には入れないので、これは切符というよりグッズですね。


「切符チケッター押し(日付印字)」と「切符はさみ入れ」の体験コーナーもありました。


「銚子電鉄・今昔展」は8月31日まで開催されています。

地球の丸く見える丘展望館の入館券が新しくなっています。もう大分前に変わったのですが、最近はポートタワーとの共通券を使うことが多かったため、この通常券を入手したのは初めてでした。


これまでのブログではふれられなかったのですが、パンフレットも新しくなっています。


表紙はほとんど同じです。しかし、中が大幅に変わっています。


以前のパンフレットの見開き面です。


表紙が変わっていないので、見逃していました。いつ頃変わったのでしょうか。

ホームページも少し改定しました。

銚子展望スポット・トライアングル(銚子三塔物語)


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『20世紀エディトリアル・オデッセイ』

2014年07月19日 | バロン吉元
『20世紀エディトリアル・オデッセイ』を購入しました。サブタイトルは「時代を創った雑誌たち」。


2014年4月30日発行 著者:赤田祐一/ばるぼら 発行所:株式会社誠文堂新光社

帯には「画期的な編集とビジュアルで新たな価値観を生み出した雑誌を、関係者のインタビューと関係資料で振り返る。貴重な証言と雑誌・書籍1200点を掲載!」とあります。

この雑誌にバロン吉元先生の記事が掲載されていることを知り、Amazonに注文、昨日届きました。

正直なところ、年寄りには読みやすい本ではありません。文字が小さく、デザインに凝っているためか、青色や朱色の地に黒色の文字は、メガネを外しても夜には読めませんでした。

後半には、同人誌を中心にした漫画雑誌の紹介があり、これは素晴らしいです。さべあのま『シングル・ピジョン』についても、川本耕次さんのインタビューに出てきます。

バロン吉元先生が登場するのは、この漫画に関する部分ではありません。「バック・トゥ・ザ・フィフティ-ズ」の項の中に、インタビュー:バロン吉元「原点はアメコミ 50sアメコミに探る劇画のルーツ」が掲載されています。

2ページのインタビューですが、アメリカの雑誌に描いた短編も紹介されており、驚きました。確かにバロン吉元先生と「アメリカンタッチのコミック」との関連は深いです。少し長文になりますが、週刊誌に進出した頃の先生の言葉です。

小学時代・・・・・・
   アメリカの色彩漫画本『ジャン・バル・ジャン』を見て歓喜。
  それが現在の出発点となった。この頃はもっぱら『冒険ダン吉』や『ポパイ』などを模写していた。


中学時代・・・・・・
   絵物語『少年王者』に熱中。この頃、絵物語の全盛期。貸本屋通いは日課となる。
  柴練や城戸礼の小説等を片っぱしから読みあさる。


高校時代・・・・・・
   絵物語は衰退、悲観す。うさ晴らしにスポーツ(柔道)と水彩画に没頭。
  又、バアヤにつくらせたターザンのフンドシをはいて大いにエネルギーを発散。
  スーパーマンの元祖であるターザンは今でも書きたい物のひとつである。


M美大時代・・・・・・
   漫画の貸本屋向き単行本及び短篇誌が流行。
  デザイン勉強のかたわら漫画を書きはじめる。その頃の原稿料一枚百円也。
  安保騒動に運動がてら出かける。昭和36年頃。

以後・・・・・・
   本格的に漫画で身を立てることを決意。現在の師、横山まさみち氏を尋ねたのもこの頃。師のユニークなストーリー構成をみっちり学ぶ。
  しかし生活は苦しくアルバイトを点々。又、正確な絵を書く為にスタイル画も勉強。ロクすっぽ絵も書かないで美人モデルの顔ばかりジロジロジロジロ。実物大のマヌカンの首を手に正確にデザイン。

現在・・・・・・
   単行本で生活をささえながらアメリカンタッチのコミックを研究。マンネリ化した漫画界に新風をふきこむのはこれぞとばかり活路をきりひらく。
  F社刊行の『漫画ストーリー』等に発表。
                     (モトヤンの漫画と共に)

この文章は貸本時代の終わり頃、昭和42年の中頃に『殺し屋天使 暗黒指令』に書かれました。F社は双葉社で、『漫画ストーリー』がバロン吉元先生の週刊誌デビューの雑誌となりました。

その後、新たに創刊された『漫画アクション』に活躍の場を移し、昭和44年に「賭博師たち」の連載が始まるまで、アメリカンタッチの作品を描き続けています。

その後も、昭和55年には『ポップコーン』に雑誌の後ろから左開きで、「弧拳(Lone Fist)」を連載するなどアメコミへの挑戦を続けています。ちょうど渡米してアメリカで生活を始める直前でしょうか。

バロン吉元先生の作品研究の中で、このアメコミとの関係はあまり論じられてこなかったように思います。貴重なインタビューです。

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鴨川シーワールドのスカイタワー

2014年07月15日 | タワー
鴨川シーワールドは、シャチやイルカなど「海の生きもの」のショーや見学を中心とした、千葉県でも有数の観光スポットです。私もこれまでテレホンカードの収集などで親しんできました。

     フリーデザイン <品名50<フリー110-86956>>

     フリーデザイン <品名50<フリー110-46961>>

その鴨川シーワールドに回転昇降式のタワーがあったとは、考えてもいませんでした。

きっかけはオークションで見つけた古いパンフレットです。そこには「スカイタワー」の文字が。しかし、落札して入手するまでは半信半疑の状態でした。こちらがそのパンフレットです。


中を見ると、確かに全景写真の右上にタワーが見えます。


タワーの写真です。


回転昇降式のタワーです。犬吠スカイタワーによく似ています。


もう一枚写真がありました。流れるプール「ジャンボロータープール」の向こうにタワーが見えます。

このパンフレットはいつ頃のものなのでしょうか。パンフレットから情報を探してみると、「黒潮の楽園、鴨川シーワールドホテルも、7月オープンです。」とあります。

鴨川シーワールドのオープンは昭和45年(1970年)10月1日でした。鴨川シーワールドホテルの開業は翌46年(1971年)7月11日なので、オープン間もない頃のパンフレットです。スカイタワーはオープン時から稼働していたと考えられます。

スカイタワー料金は大人100円、小人50円です。

観覧券の半券も同時に入手しました。この観覧券にもタワーが描かれています。チケットに押された日付は46.5.9です。



7月14日(日)、情報を求めて千葉県立中央図書館に行って来ました。図書館の検索で調べたところ、『鴨川シーワールド20年のあゆみ』や開園40周年記念の『鴨川シーワールドのなかまたち』などがあるようです。

郷土資料室で閲覧、『鴨川シーワールドのなかまたち』は開架なのですぐ見ることができました。平成22年(2010年)4月1日の発行で、内容はタイトル通り、海の生きものたち関係しかありません。「主なできごと」1~4も書かれていますが、タワーは全く出てきません。

次に書庫から関係書籍数冊を出してもらいました。結果は、スカイタワーに関する記述があったのは『鴨川シーワールド20年のあゆみ』だけでした。

20年間の「主なできごと」にはタワーの記述はありません。オープン時('70.10.1)の施設概要にはありました。「(2)アトラックガーデン F.スカイタワー 高さ52m、収容人員40名」です。20年後の施設概要にはもうありません。

トピックス(1970~1975)を見ていくと、「その他の出来事」にありました。「スカイタワー営業停止('75.3.31)」。開業からわずか4年半後です。後は全く記述がありませんでした。

いったい何があったのでしょうか。鴨川シーワールドは「海獣ショー」に特化して発展してきたように思います。「ジャンボロータープール」も昭和63年(1988年)には営業停止になっていますが、スカイタワーの終了は早すぎるように思います。

少し時間があったので、千葉日報で記事を探しました。この頃の千葉日報はマイクロフィルムで保管されています。オープン時の記事は「レジャー芸能」欄にありました。「夢の海洋レジャーセンター 鴨川海岸」「〝海の王者〟シャチも躍る」(昭和45年10月11日)

タワーにも触れています。「スカイタワー(高さ52メートル)では、ゴンドラが回転しており、紺ぺきの海、白砂、松原のコントラストがひじょうに美しい」と記されています。

スカイタワーの営業終了の記事は探すことはできませんでした。5年に満たない営業ということで、記録は少ないようです。地元の皆さんの記憶には残っているのでしょうか。



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