どんぴんからりん

昔話、絵本、創作は主に短編の内容を紹介しています。やればやるほど森に迷い込む感じです。(2012.10から)

パン屋のネコ

2019年08月16日 | 創作(外国)

               パン屋のネコ/しずくの首飾り/ジョーン・エイキン・作 猪熊葉子・訳/岩波少年文庫/2019年


 ふたつの山の間にある谷底の小さい町で、今日も朝早くから食パンや菓子パン、ジャムのパイにケーキをやいていたパン屋さんのジョーンズさん。

 モグというネコといっしょにすんでいましたが、パン作りのためには、ネコはちょっとじゃま。

 モグは、どしゃぶりの雨のなか、川で魚をさがしました。魚はみつからず、びしょぬれ。何度もくしゃみをするモグのために、ジョーンズさんはタオルでモグをふいてやり、イーストを入れたあたたかいミルクをのませました。

 パイをかまどに入れてジョーンズさんは買い物にでかけました。

 その間に、イーストはねむっているモグをふくらませはじめます。ヒツジの大きさから、ロバ、馬、次にはカバぐらいの大きさになりました。

 台所に入りきれなくなって、ドアから出るには大きすぎました。

 買い物袋をさげもどってきたジョーンズさんが「これは にゃん としたことだい?」と、おどろいていると、ひるねから目をさましたネコのモグが、せのびをすると家が、がらがらとこわれてしまいました。

 ジョ-ンズさんは、町役場にすまわせてもらうことになりました。

 「はらをへらしたらどうなるね? あいつはなにをたべるかな? だれかの上にすわっちまったらどうなるかね?」と心配した町長さんは、町の外でくらしたほうがいいといい、みんなも「そうだ、そうだ、おいだせ!おいだせ!」とさけびました。

 モグはやさしいネコで、だれにもけがなんかさせやしませんよというジョーンズさんでしたが、モグは町の門からおいだされてしまいました。

 モグはふたつの山の間にある谷を歩いていきました。そのころにはモグはもうクジラほどのおおきさになっていました。

 モグは川の魚をさがし、たくさんの魚を見つけます。そのとき、谷に大きな水音がうなり、大きな水の壁が近づいてきます。あまりの雨に、山から水がたくさん川に流れ込んできたのです。

 水をとめないと、魚がみんな流れると、モグは谷のまんなかに丸くなってすわりこみました。

 川の水が町に流れ込んで、みんなおぼれてしまうと心配した町の人が、あわてて山にのぼります。

 山からは、モグが谷のまんなかにすわりこんで、その向こう側に、大きな湖ができているのがみえました。

 谷にダムをつくるまで、モグにすわってもらおうと、町中の人が交代でモグのあごの下を三日間くすぐり、その間に、腕利きの職人が谷におおきなダムをきずきました。

 モグのおかげで町はすくわれました。おいしい食べ物をモグのところへ運びますが、モグはたくさんの魚をたべて、おなかはすいていませんでした。

 「モグ、われらの町をまもる」とかいた銀のくさりのバッチを首にかけるようになったモグは町役場でジョーンズさんと幸せにくらします。

 モグのしっぽは、家々の屋根の上につきでて、ひげは2階の窓をこすって、かたかたいわせますが、人々はモグがわるいことをしない、やさしいネコとしっていました。

 結局もとにもどることのなかったモグですが、大きくても小さくてもきわめてマイペース。

 大きくなったネコがダムの役割を果たすというのも、説得力があります。

 イーストいりのミルクが、大きさの原因というのは、作者のパン作りがヒントになったのでしょうか。


字のないはがき

2019年08月15日 | 絵本(日本)
    字のないはがき/向田邦子・原作 角田光代・文 西 加奈子・絵/小学館/2019年
 
 
 「字のないはがき」は、中学校の教科書にもとりあげられているようですが、この絵本は、戦争中の、向田さん一家のちいさな妹さんのエピソードが中心です。
 
 戦争末期、ちいさな妹が疎開するとき、おこるとこわいお父さんは、まだ字が書けないちいさな妹に、「げんきな日は、はがきに まるをかいて、まいにち いちまいづつ ポストにいれなさい」と、たくさんのはがきを渡しました。
 小さな妹は、えんそくにでもいくように、うれしそうに とおくへと 出発しました。
 
 一週間後のはじめてのはがきのには、はみだしそうな大きな大きな赤鉛筆のまる。
 ところが次の日から、黒鉛筆でかかれたまるは きゅうに ちいさくなってしまいました。そしてあるとき、ついに、ばつになってしまいました。
 
 おかあさんが、小さな妹を むかえにいくと、いもうとは、ひどいかぜをひいて、狭い布団部屋に ねかされていたようです。
 
 妹がかえってくる日、わたしとおとうとは、庭になったかぼちゃを全部もぎ取り、部屋にずらりとならべました。
 おとうさんは、ますます ちいさくなった いもうとをだきしめて おおんおおんと声をあげて なきました。いつも おこっているばかりの こわいお父さんの 大きな泣き声が しずかな夜に ひびいていました。
 
 疎開先で小さな妹にどのようなことがおきていたのかはでてきません。はがきにかかれたまるのおおきさだけで想像するしかありません。
 
 きびしくて、おこるとこわいおとうさんが、小さな妹をだきしめて泣き声をあげるところに、愛情を素直に出せない、ちょっと昔のお父さんの姿が重なります。
 
 疎開を体験した人も、少なくなります。日本では、戦争中の記録が民間まかせ。空襲や原爆のことなど国家レベルで記録を残せないのが残念です。
 
 
 西加奈子さんの絵には、人の足とその影は でてきますが、顔がえがかれていません。読む人の想像にまかせたのでしょうか?。 

空のかけらをいれてやいたパイ

2019年08月14日 | 創作(外国)

   空のかけらをいれてやいたパイ/しずくの首飾り/ジョーン・エイキン・作 猪熊葉子・訳/岩波少年文庫/2019年

 

 冬のある日、おばあさんは、おじいさんから「あつあつのおいしいアップル・パイをやいてくれないか」といわれ、アップル・パイをつくりだしました。

 ねり粉をのしているとき、おばあさんがながめていた空のかけらがパイ皮の中に入ってしまいました。

 いよいよかまどから、パイをとりだそうとすると、パイが部屋のなかにうかびます。おばあさんとおじいさんがとめようとすると、空中にただようパイは、ドアから家の外にでていきます。

 ふたりはパイをとめようと、とびのります。それでもかるいパイはふたりをのせたまま、しろい雪のふりしきる空へとのぼっていきます。

 「とめておくれ、わたしたちをとめておくれ!」と、ふたりはさけびますが、ここから白黒ぶちのネコ、燃料のきれかけた飛行機の飛行士、とびかたをわすれてしまったアヒル、山のてっぺんで、下におりる道をわすれたヤギ、自分の国にかえりたくてしかたがないゾウをのせて、寒い国からあたたかいところへ、すすんでいきます。

 パイがさめて、だんだん低くとぶようになり、緑の木があって花もたくさんある島におりようとしますが、そこには大きな看板に「駐パイおことわり」の文字。

 もう一つの島にも「駐パイおことわり」の看板。

 そしてパイは、とうとう海に落ちて、水の上にうかびました。

 「やあ、これでだいじょうぶ。わしらのパイが、ちょうどいい島になってくれたぞ」と、おじいさん。

 「水がないじゃありませんか、花もない。なにをたべて、なにをのむつもりです?」と、おばあさん。

 でも、まもなくりっぱなリンゴの木がはえ、木には緑の葉がしげり、ヤギがおちちをくれ、アヒルはたまごをうみました。ネコは海の魚をとり、ゾウは長い花でリンゴをもいでくれます。

 それでみんなは幸せにこの島でくらし、もう、もとの家にはかえりませんでした。

 

 ジョーン・エイキン(1924-2004)はイギリスの作家。

 パイが空をとび、その上にいろいろなものが のるという楽しいフアンタジーです。のるまでのやりとりも軽妙で「駐パイおことわり」も絶妙です。


キルトでつづるものがたり

2019年08月13日 | 絵本(外国)

    キルトでつづるものがたり/バーバラ・ハーカート・文 ヴァネッサ・ブラントリー=ニュートン・絵 杉田七重・訳/さ・え・ら書房/2016年

 

 アメリカの絵本で、ときどき伝記絵本にであうことがあります。有名な方だと不思議はありませんが、あまり知られていない人というのが特徴です。

 国立ボストン博物館の「聖書」のキルト、ボストン美術館の「絵画」のキルトは、値段のつけられない宝物になっているといいます。

 このキルトを製作したハリエット・ハワーズは1830年ジョ-ジア州の大農園で奴隷の子として生まれました。奴隷の子は奴隷。読み書きを習うことは禁じられていました。1861年南北戦争がはじまり、ジョージア州の奴隷が自由になったのは1864年。

 奴隷の困難な状況にもふれられていますが、そのなかでも黒人女性たちの「キルトづくりの会」は大切なひととき。奴隷たちはキルトを利用して物語をつづっていきます。

 奴隷制度はなくなりましたが、それで生活が豊かになったわけではありません。五人の子供を抱え、キルトに物語をつづっていったハリエット。

 ジョージア州の「コットン・フェア」という綿のお祭りに出展されたハリエットのキルトは、美術教師のジェニー・スミスに評価されますが売ることはありませんでした。

 しかし厳しい時代がやってきて、ハリエットはキルトをジェニーに売ります。そのキルトを博覧会でみた人から大変な注目をあびます。

 構図がキルトそのもの。黒人女性の困難な中でのしたたかな生き方、子どもたちのチャーミングな笑顔は、困難だったろう暗さをかんじさせません。

 表紙と裏表紙の見返しに二枚のキルトがのせられ、ジェニーが聞き取った意味ものせられています。

 二つの作品だけではなく、子どもが眠っている布団のキルト、ハリエットのスカートのキルトも印象に残りました。


おばあさんの馬

2019年08月12日 | 絵本(昔話・外国)

   おばあさんの馬/瀬戸内寂聴・文 小林豊・絵/講談社/2007年

 

 瀬戸内寂聴さんと小林豊さんとのコラボ。小林さんの落ち着いた色合いがこの絵本にぴったりです。

 寂聴さんが絵本の文というので、はじめ不思議に思いましたが、インドの「ジャータカ」物語がもとになっているので納得しました。

 夫も息子もよく働いて、商売は繁盛し、お金持ちだったおばあさんに不幸が重なります。

 夫が旅先で事故で無くなり、二人の息子も病気で亡くなってしまいます。

 それでも、仏さまを信じているおばあさんは、仏さまの教えを実践し、貧しい人、体が不自由な人たちなどをみると、食べ物も着るものも、なんでもおしげなくあげました。

 そのうち、お金もなくなり、おばあさんに残ったのは、大きな家だけ。

 ある日、馬商人から馬を泊めてくれるようにいわれ、馬をとめてあげたおばあさん。

 馬商人の商売がうまくいき、宿代を払おうとした馬商人でしたが、おばあさんは家に泊めた馬にうまれた子馬をお礼にもらいます。

 おばあさんは、馬にリタという息子の名前をつけ、子馬のからだをあらってあげたり、食べ物を作ったりして、毎日楽しくくらします。子馬は、草原や広い川原を自由に駆け回り立派になります。

 3年後、あの馬商人がやってきて立派な馬を見てびっくりします。高い値段で売らしてほしいと商人はいいますが、おばあさんは「売るなんてとんでもない。リタはわたしの子ども、わたしの 命だからね。」と、きっぱりことわります。

 あまりにも見事なリタをみた王さまは、どんな宝石、宝物をだしてもいいといい、何重にも鍵をかけられた馬小屋にいれ、何十人もの見張りの番人をたてますが、リタは、そこをぬけだし、おばあさんのもとへかえります。

 おばあさんからリタをひきはなすことはできないとおもった王さまは、おばあさんとリタを城にひきとります。

 この絵本に、でてくる人々は、いい人ばかり。馬商人も王さまも横やりをいれることはありません。

 「自分よりかなしい人や不幸なひとに、やさしくして、なぐさめる」境地には、なかなかなれませんが、精神だけは、もちたいものです。そして、おばあさんのように前向きに生きるということでしょうか。

 紙芝居にもなっています。


我慢比べの話 イラン、トルコ、イタリア、中国

2019年08月11日 | 昔話(外国)

 昔話では、極端なことがおきます。

先に口をきくのは(シルクロードの民話4 ペルシャ/小澤俊夫・編 宮崎泰行・訳/ぎょうせい/1990年初版)

 ある夫婦がどちらが羊に水をあげるか喧嘩になって、先に口をきいたほうが羊に水をあげることにします。

 妻のほうは隣にでかけ、残った夫は通りかかる人から挨拶されても、口をきくと妻にきかれてしまうと思い、うなずくだけ。床屋がやってきて「頭を刈りましょうか」ときくが、夫は何もいいません。
 床屋が勝手に髪を刈りはじめますが、やはり夫は何もいいません。

 床屋が通りで喧嘩をはじめた二人の男に気をとられて、片方の髭を切り落としてしまい、やむをえずもう一方の髭もそりおとし、顔に髭の模様を描きます。

 床屋はお代をいただこうと声をかけるが夫が何もいわないので、部屋の中に入って高そうな金と銀の装飾品をもっていってしまいます。

 妻が帰ってきて、部屋のなかで、頭をつるつるに刈られ、髭をそられて、炭で顔をぬりたくられた自分の夫をみて、思わず口をきいてしまいます。これを聞いた男は飛び上がって大喜びして言うことには、「そら、しゃべった。さあ、外に出て羊に水をやってもらおうか」

 落語にありそうな話。ここまでいかなくても、ときとして意地の張り合いになることが身近にもありそう。



だんまりくらべ(子どもに語るトルコの昔話/児島満子 編・訳 山本真基子編集協力/こぐま社/2000年初版)
      
 ホジャ話の「だんまりくらべ」。

 ホジャが家にいたとき、泥棒に入られますが、だんまりを決め込んだホジャが家のものばかりか頭のターバンまでもっていかれてしまいます。そのうえ、おかみさんが作ってくれたスープを頭からかぶってしまいますが、それでも一言もしゃべらない。それを見たおかみさんが大きな声でさけぶと、「そら、しゃべった。うま屋へいって、ロバにえさをやってこい」


先に怒った者が負け(子どもに語るイタリアの昔話/剣持弘子 編・再話 平田美恵子・再話協力/こぐま社/2003年初版)

 上の二つは、どちらも夫婦喧嘩で意地の張り合いをするが、「先に怒った者が負け」では少し違って、大きな農場に働きに行った息子が、農場主とお金をかけて、どちらか怒ったほうがお金を巻き上げられるというもの。

 昔話のパターンで上の二人の息子は農場主にうまくやられてお金を巻き上げられるが、末息子がそれを取り戻すというもの。末息子が行ったことといえば極端なこと。

 一つは大事なブドウの木を全部切り倒す、二つ目には小麦の種をまくようにいわれて、畑に穴を掘って、小麦の種をうめてしまったこと、三つ目には羊の大半を商人に勝手にうりはらったこと、さらにブタの大半も勝手に売り払ったことなど。

 末息子の徹底したおとぼけが笑いをさそう。


だんまりのゴハおじさん(ゴハおじさんの愉快なお話 エジプトの民話/千葉茂樹・訳/徳間書店/2010年初版)

 ロバのエサをどちらがあげるかで、奥さんとだんまり比べをする話。この話にも泥棒がでてくる。

 

四人のなまけ者(中国)愛蔵版おはなしのろうそく8/東京子ども図書館編/2007年)

 四人のなまけ者が、森に散歩に行って、景色のいいところで一休み。

 パンが四つ。ヨーグルトは、かめの中にほんのちょっぴり。

 ヨーグルトを水でわって、ふやそうとしますが、誰もいくといいません。

 なまけ者は、だんまり比べをして、真っ先にしゃべったやつが水をくみにいくことに。

 犬と狩人が声をかけますが、四人はなにもいいません。狩人は、パンを見つけ食べますが、四人はなにもいいません。わけがあるんだと、狩人はヨーグルトを、めいめいの口に少しづつそそぎこんでやります。

 次に一匹の犬がやってきて 黒いひげをたらしたなまけ者の上着についたヨーグルトをなめました。犬はそれからイヌは、だんだんと上になめて行って、黒いひげをなめはじめます。

 その男は我慢できなくなって「こら、いっちまえ!」と叫んでしまいます。するとほかのなまけ者が、「お前が水くみにいくんだ」とさけびますが、ヨーグルトは影も形もなくなっていましたからあとの祭りでした。


アナンシの話・・アフリカ

2019年08月10日 | 昔話(アフリカ)

    うたうカメレオン/世界むかし話 アフリカ/掛川恭子・訳 レオ&ダイアン・デイロン 松枝 張・絵/ポプラ社/1979年


くいしんぼうのアナンシ

 昔、クモのアナンシは、体のどこをとっても細いところはありませんでした。

 今のようになったわけとは?

 働くことが大嫌いだったアナンシでしたが、この地方のしきたりでは、家にやってきた人には食事をださなければなりませんでした。
 あるとき、二つの村でにぎやかなお祭りがありました。お祭りに行けばごちそうが食べられるのですが、同じ日にお祭りがあるのでどちらにいこうか迷います。
 どちらの村のほうが、ごちそうがいっぱいあるかわかりません。両方の村のごちそうを食べることができるれば一番です。

 そこでアナンシは息子を東と西の村にやって、ごちそうができあがったら、綱を引っ張るようにいいます。綱は自分の胴にまきつけてありました。

 息子が引っ張ってくれた村にいくことにしたアナンシ。ところが両方の村で、ごちそうができあがったのは同時でした。
 東からも西からも同時に引っ張られたので、綱がアナンシのからだにきつくくいこんでいき、胴が細くなってしまいます。



アナンシと漁師

 アナンシが、人一倍よく働く漁師のところにいって、仕事をてつだわさせてくれと頼みます。働く気などぜんぜんないないアナンシの目論見は、働かずにほしいだけ魚を手にいれようと思ったのです。

 漁師の提案で、順番に働くことにした二人。
 まずわなはアナンシがつくり、漁師は休むことに。
 わなをかける段になって、漁師がわなをしかけようとすると、どうしても魚を手に入れたいアナンシは、わなもかけます。
 わなにかかった魚をあつめようとすると、今度も魚を食べようと思ったアナンシが集めます。
 漁師が眠っているうちに魚をごまかそうとしたアナンシでしたが、漁師がじっと見ているので、ごまかすことができません。

 次に魚を市場にもっていくことになりますが、これもアナンシ。

 ところが、市場で魚を買いにき人たちは、漁師のほうにお金をはらいます。魚は漁師がとるものと、きまっていたからです。

 漁師はアナンシの目論見をちゃんと知っていて、逆手にとったのでした。

 この漁師、なかなかの人で、ちゃんと小銭を四こ、アナンシにわたします。でもこのお金、ほんのわずかだったようですよ。



よくばりアナンシ

 クモのアナンシ、妻と二人の息子に頼んで、お棺のなかにすりばち、すりこぎ、さら、さじを入れてもらい、自分はお棺のなかに。
 アナンシ、あたりが暗くなるとお棺からはいだして、畑の作物の一番おいしそうなものを食べます。
 何回かそんなことがあったので、妻と二人の息子は、やわらかなゴムで人形をつくり、畑にたたせます。 
 夜、いつものようにお棺から出てきたアナンシが作物を食べようとして、人形にきがつきます。

 声をかけても返事に腹を立てたアナンシが、手でゴム人形を思いっきりたたくと、手がゴム人形にくっついてしまいます。足でけると今度は、足が人形にくっついてしまいます。
 さらに頭突きを食らわせると、頭もくっついてしまいます。

 妻と二人の息子に見つかってしまったアナンシ。酋長のさばきをうけるため、村につれていかれますが、村の人びとは、ゴムでべとべとになったアナンシをながめて、笑ったり、はやし立てたり。
 アナンシははずかしくて、ずきんで頭をかくし、すきをみつけて逃げ出します。そして、近くの家に逃げ込みますが、その日から、友だちと顔をあわせたがらなくなります。

 アナンシ、妻と息子がいるにもかかわらず、自分だけおいしい作物を食べようとするのは、やりすぎです。

 この「よくばりアナンシ」が絵本になっていました。

   くものアナンシとねばねばにんぎょう/マイケル・ポク:再話・絵 おいかわ ゆり・訳/福武書店/1990年

 マイケル・ボクさんはガーナのかた。親から子へ、子から孫へと語りつがれた話の一つと紹介されています。

 「よくばりアナンシ」よりは、すっきりしていて、畑の持ち主が、畑のものがなくなっていくのに、きがついて、ゴムの木のしるでねばねば人形を畑においておきます。

 そうとは知らないアナンシが、いつものように畑からだまってちょうだいしたものを、頭にのせてかえるとき、ねばねば人形にきがつき、あいさつしますが、なんの反応もないので、おこって手でほっぺたをたたくと手が、人形をけとばすと足が人形にくっついてしまいます。
 畑の持ち主に見つかったアナンシは、小さくなって木の上の自分の巣にかくれてしまいます。

 アナンシは人間そっくりに描かれています。といってもクモですから足は四本、手も四本です。

 畑になっているのは、ココヤム、ペペ、プランテインと、ほとんどしらないものばかり。

 絵本らしいのは、最後に、木に糸をかけたクモが大きく描かれていることです。

 

アナンシの帽子ふりおどり(赤鬼エテイン/愛蔵版おはなしのろうそく8/東京子ども図書館・編)

 ガーナのお話。昔はクモにもちゃんと髪の毛がはえていましたが、どうしてなくなったか。

 人一倍大食いのクモのアナンシが、おかみさんの母親がなくなって、葬式に出かける前に、ゆっくりと腰をすえて、腹いっぱいたべてからでかけます。

 葬式では、いかに悲しんでいるかをしめすため、なにものどがとおらないと、食べ物をすすめられてもことわります。

 みんなは食べても、「家内の母親が死んで、まだ三日しかたってないんだぞ。どうしてのんだり食ったりできるかね」と、やせ我慢。

 四日目、アナンシが家にひとりきりになったとき、鍋でぐつぐつ煮えていた豆をみるともうがまんできません。しゃもじで豆をすくったとき、みんながもどってきます。アナンシは、大急ぎで豆を帽子の中に入れ、その帽子を頭にのせます。

 ここでも「食べなきゃ」とすすめられますが、ことわります。

 ところが頭に豆がベッタリくっつき、その暑さで頭がヒリヒリ。アナンシは両手で帽子をつかみきざみに揺り動かしました。ようすをみていたみんなに「帽子ふり祭り」を思い出したと話すアナンシ。でも豆がますます熱くなってきて・・・。

 虚栄心というのも考えものです。アナンシの話は、いずれもアナンシにとってはちょっと悲しいラストで、憎めません。


ぼくはワニのクロッカス

2019年08月09日 | 絵本(外国)

   ぼくはワニのクロッカス/作・ロジャー・デュボアザン 訳・今江 祥智 島 式子/童話館出版/1995年

   

 ワニといえば歯がキザキザで、こわもて。

 古いかしの木にすんでいたワニのクロッカスは、みんなとなかよくやっていけると思っていましたが、みつかると銃でドカンとやられると、小さくなってくらしていました。

 あひるのバーサは、ワニに同情して、お百姓のスイートピーさんのところにつれていきます。

 ところが、スイートピーさんのところの馬や牛、ぶた、にわとり、やぎは大騒ぎ、イヌのココも声がかれるほどほえたてました。

 でも、あひるのバーサのとりなしで、みんなと仲間としてやっていくことに。

 いつかスイートピーさんにもわかってもらえると、みんなで藁でベッドを作り、バーサは食べるものをはこびました。

 スイートピーさんや奥さんが納屋にやってくるときは、すばやくクロッカスを、干し草の中にかくしました。

 ところが、おくさんが納屋にリンゴをとりにきたとき、クロッカスは見つかってしまいます。

 「ワ、ワ、ワニ!」奥さんは、金切り声をあげると一目散にかけだし、すぐにスイートピーさんに報告。スイートピーさんも納屋へと急ぎます。

 その前に、イヌのココがみつけた納屋の下の板をはずして、クロッカスをかくします。

 なんとか、その場をすごしますが、クロッカスは奥さんを驚かしたことにさびしくなりました。

 しかし、バーサから奥さんが花が好きなことをきいて、大好きという気持ちを伝えるため、夜明け前に野の草と真っ白いひなぎくの花束をつくってポーチの小さなテーブルにそっとおいておきます。

 テーブルの花束をみて、奥さんはおおよろこび。でも誰かわかりません。

 クロッカスは、それからも しだにとりまぜて むらさきいろの花束、きいろい花束、紫色の花束を小さなテーブルにはこびます。。

 奥さんは、毎日花束とのであいが たのしみになります。でも、だれが?

 次の日、まだ暗いうちからポーチのどあにかくれて ようすをうかがっていました。

 花束がワニのものだと知った奥さんは、「なんて こころやさしいワニ くんだろう」と花束のお礼を いいました。

 それからは花壇の手入れは、奥さん、クロッカス、バーサのしごとになりました。

 

 やさしい動物やお花もたくさん出てきて、とても楽しそうな一家でした。

 クロッカス、スイートピーはいずれも花の名前。

 後半の展開をみると、名前が花の名前だったことに、うまく結びついていました。

 落ち着いた色合いの絵も趣があって素敵でした。


あのじのまほうつかい

2019年08月08日 | 紙芝居

        あのじのまほうつかい/井出村由江・脚本 中根明貴子‣画/童心社/1998年3刷

 

言葉遊びができます。まほうつかいが”あ”のつくものを変身させます。

”あ”ではじまる あさがお がでてきて はなのなかに”あ”が。

次が あひる あり あくま まで。

12画面ですが、ややものたりません。ですが、ここからは子どもたちと会話しながら、”あ”のつくものをさがす楽しみがあります。

あさがお がでてきたら あじさい がでてきてもおかしくありません。

あか あお は色。

あふりか あじあ は地名。

あまり発想がひろがりませんが、もっと斬新なものがでてくるかもしれません。


ポットさんのぼうし

2019年08月08日 | 絵本(日本)

    ポットさんのぼうし/きたむらさとし/BL出版/2013年


 ティーポットのポットさんが主人公のお話。3つのお話で構成されています。

・ちいさなちいさなティーカップ

 ポットさんが、いねむりしていると、だれか「ポットさーん!」と呼ぶ声。

 チョウとバッタとテントウムシさんのティータイムでした。

 おちゃをいただけませんかといわれ、おちゃをいれますが、ティーカップが小さすぎてうまくいきません。チョウのカップに おちゃをいれようとすると、あしをすべらせ ガッシャン! そこらじゅうおちゃだらけ。

 ポットさん、それからは小さなティーカップに おちゃを そそぐ練習をしています。

 小さなティーカップに上手におちゃを そそごうとするポットさんの顔は真剣そのものです。

・ポットさんのぼうし

 まちのぼうしやさんで、いろいろまよいましたが、ポットさんが買ったのは、カウボーイハット。
 かっこいいと思ったのですが、町で出会ったソルトちゃん、フライドポテトのおおもりくんは、きがついてくれません。

 いえにかえるとちゅう、ぼうしやさんの前で、ベレー帽をみつけます。「ちょっと地味だけど、あんなぼうしのほうが ぼくに にあうのかも」とベレー帽を買おうとしますが、その帽子は、なんとポットさんが わすれものでした。

 こんどは、みんなきがついてくれます。

 ぼうしやさんにある さまざな帽子楽しめます。お店の人?も 鍋などユニークです。

・ケルトくん

 ケルトくんは電気ポット。

 ご機嫌ななめのケルトくんの頭から、しろい 湯気があがりはじめました。どんどん湯気があがり、そこらじゅう なにも みえなくなります。

 そこへポットさんがやってきて、おゆがほしいといわれ、ケトルくんが、ポットさんに あついお湯を そそいであげると 部屋はいつもまにか元通り。

 

 ティーカップが主人公という絵本も珍しい。カップが帽子をかぶるという発想もなかなかでてこないのでは。 


ポテトむらのコロッケまつり

2019年08月07日 | 絵本(日本)

    ポテトむらのコロッケまつり/竹下文子・文 出口かずみ・絵/教育画劇/2016年

 

 ポテト村のアンパンマンのようなポテトおばさん。ポテトおばさんの畑にはじゃがいもがいっぱい。

 やまほどのじゃがいも、どうしようかと考えておばさんが思いついたのは、みんなに てつだってもらって、誰も見たことがないくらい世界一大きなコロッケを作ること!

 ポテトむらの村長さんも、大賛成。

 さっそきくグループに分かれて検討です。コロッケの試作、3種類のコロッケの食べくらべ。子どもたちは飾りを作っています。

 準備も大変。たまねぎ、塩、コショウ、ひき肉、たまご、パン粉、もちろんじゃがいも、そして特別大きなフライパン。

 大きいだけに下準備も大変。じゃがいものかわむき、たまねぎをきざみ。

 そして、いよいよお祭りの日。

 重機も登場して、ゆっくりゆっくりフライパンにいれると、おいしそうなコロッケのできあがり。

 まんまるお月さまの下で、踊ったり、歌ったり、にぎやかなお祭りです。

 大きな大きなコロッケを見つめる人の顔は笑顔いっぱいです。なにしろ、コロッケづくりにみんながたずさわっていましたから。

 ポテトむらのペナント、カレンダー、ポテトソフト、コロッケパン、ポテトパズルもあって、これは村おこしそのものです。ギネスの登録はどうしたんでしょうか。

 大鍋のイベントというと山形市の芋煮会。直径6mの鍋で できあがるのが3万食分。準備も大変です。


さよならさんかく またきてしかく

2019年08月06日 | 紙芝居

       さよならさんかくまたきてしかく/脚本・画 高橋清一/童心社/1995年

 

 紙芝居コーナーで、ちょっとなつかしいものにあいました。

 「かみなり」でおわるパターンと「からすが なくから かーえろ」の二つのパターンが利用できます。

 確認のためみていたらどんなふうに演じるのかわからず、図書館員にきいて、なんとなくわかったつもりでいたものの、実際やってみると、はじめはうまくいきませんでした。

 これも何十年も前に遊んでいたものですが、忘れないのは不思議。ただ地域によっておわりかたもさまざま。

 「電気はひかる ひかるはオヤジのはげ頭」でおわるもの。

 「長いは、廊下。廊下は、すべる。すべるは、おやじのはげ頭」

 かすかにおぼえているのは「おやじのはげ頭」のほうで、最後でいつも大笑いしておわりでした。

 高齢者の前で読んだら、自分が覚えているのは、こうだった反応がかえってきそうな紙芝居です。


ポリぶくろ、1まい、すてた

2019年08月05日 | 絵本(社会)

   ポリぶくろ、1まい、すてた/ミランダ・ポール・文 エリザベス・ズーノン・絵 藤田千枝・訳/2019年

 

 西アフリカのガンビア共和国の村ンジャウ村で、ポリ袋を再生し、財布をつくった実話です。

 ある日、アイサイトは、雨でヤシの葉でつくった籠が壊れ果物がころがりこんだとき、ちかくにポリ袋を見つけ、果物を入れて家にもちかえりました。

 アイサイトにとってポリ袋は、はじめてみるものでした。

 ところが、ポリ袋の持ち手がこわれてしまいます。アイサイトは、破れたポリ袋を地面にすてました。みんなそうしているのでした。

 アイサイトがすてた一枚のポリ袋は、やがて10枚、100枚に。

 アイサイトがおおきくなって、村がたいへんなことになているのに気がつく日がやってきました。1ぴきのやぎが 悲しそうななき声をあげていたのです。おばあちゃんは、袋をヤギが食べ、体の中で袋がからまってしまい、死んでしまったことを教えてくれたのです。

 アイサイトは、あのきたない道で、ゴミからしみだしたきたない水たまりのまわりにとびかっている蚊、プラスチックがもえるけむりのにおいに、おもわずあとずさりしました。

 ゴミをあさっているヤギたちをみたアイサイトは、これはほおってはおけないと、ゴミの山からポリ袋を、一枚、二枚、百枚・・ とつまみだし、ともだちと相談して、あることを計画します。

 ポリ袋をきれいに洗い、ひも状に切って、編み物をはじめたのです。

 できあがったのは財布でした。市場にはこんだとき、ひとりがアイサイトをわらいます。でも一人、二人、十人・・ が財布を買ってくれたのです。

 五人の仲間が、ろうそくの光の中で、編み物をする場面に、はっとしました。

 今、マイクロプラスチックによる環境汚染が問題となって、ポリをつかわない取り組みがすすんでいますから格好のタイミングで出版されました。

 今から20年以上前から取り組まれている活動といいます。

 作者あとがきに、ポリ袋を食べてしまって死んだ家畜、庭にポリ袋をうめたら草が生えなくなったことにもふれられています。環境汚染は、地上だけでなく、海中でも魚に異変がおこっています。

 ポリ袋というと透明のものとイメージがありますが、この絵本には、黒、だいだい、みどりといったさまざまな色の袋がでてきました。 

 日本で、分別でだされたプラスチックゴミが、すくなからず国外に輸出され、中国の輸入禁止でベトナムにむかい、村の人々の健康をそなっているテレビの映像に、衝撃をうけました。


へんてこたまご

2019年08月04日 | 絵本(外国)

          へんてこたまご/エミリー・クラヴェット・作 福本友美子・訳/フレーベル館/2016年

 

 フラミンゴもにわとりもフクロウも、鳥たちはみんなたまごをあたためています。
 たまごがないのはカモくんだけ。

 カモくんは、世界でいちばんきれいなたまごを見つけてきました。

 でもみんなは「かわいくない」「へんてこたまご!」「は、は!」と わるくちばっかり。

 やがて、小さいたまごから順番にヒビが入り、次々にかわいいヒナたちが生まれます。

 のこったのは、カモくんのたまご。

 なかなかかえらないので、カモくんは、編み物をしてまっています。

 やがてピシッ パリッと音がして、パックーン ようやくうまれたのは?

 たまごからヒナがかえる仕掛けもたのしめます。

 カモくんが、「ママー」と ヒナから追いかけられて大変そうですよ。

 まっしろな裏表紙に があ!とあって、のこっているのは羽が一本。これは?

 カモくん、もしかしたら もしかしたら? 


七面鳥とガチョウ・・アリソン・アトリー

2019年08月03日 | 創作(外国)

             氷の花たば/アリソン・アトリー・作 石井桃子 中川李枝子/岩波少年文庫/1996年

 

 七月後半から、一転して30度を超える毎日。暑くてぐったり。こんなときは冬をイメージするにかぎります。

 「七面鳥とガチョウ」は、クリスマス時期の話。

 有名という城でクリスマスをすごしたら、どんなものだろうと、ファージンゲール農場のオスの七面鳥とガチョウが、城を目指します。

 途中、子ブタと、宿屋から逃げ出したプラム・プディングがくわわり、さらに狩人におわれたキジもいっしょになります。

 クリスマス時期で、どれもごちそうになりそうな面々。さらに城に行ったら火に飛び込む夏の虫です。

 この面々、まっすぐ城をめざすのではなく、あっちこっちふらふら。

 キジの情報によると、城には泥棒の一味がすんでいるという。

 猿かに合戦よろしく、泥棒を追い出し、クリスマスの飾りは、金の腕輪や時計や指輪、食べ物もはリンゴ、ケーキ、砂糖菓子、肉パイとたっぷり。素晴らしいクリスマスでした。

 「ブレーメンの音楽隊」のようですが、ラストは食べられることなく、藁ぶき屋根の小さな納屋で、なかよく暮らします。

 プラム・プディングは、干したプラムやプルンをたっぷりいれて作ったもので、丸いケーキ型で、黒くて、どっしり重いとありますから、臼のような役割でした。泥棒のうえに落ちて打ちのめします。

 じつは、この泥棒たち、ファージンゲール農場の七面鳥とガチョウ、ブタを狙っていたのです。