前回に引き続き、2020年11月末を以て閉鎖される下風呂温泉の2軒の公衆浴場を取り上げます。前回は「新湯」でしたが、今回は「大湯」です。「新湯」同様、建物の外側に券売機がありますので、まずはそこで入浴券を購入し、券を手に取って男女別の入口から中に入ります。
下足場では風間浦村のマスコットキャラクター「あんきもん」が、お別れのプレートを抱えながら入浴客をお出迎え。ウインクしているのは、愛想を振りまいているのか、はたまた悲しみを表現しているのか・・・。私が訪ねたのは、閉館までちょうど3週間。プレートも日々カウントダウンしています。「新湯」同様にノートが置かれており、当地を訪ねた旅人や温泉ファンが思い思いにコメントを寄せていましたので、私も勝手ながら下風呂温泉に対する想いを書かせていただきました。
昭和の面影を色濃く残す脱衣室に入り、入浴券を番台のおばちゃんに差し出します。冷蔵庫にはビン牛乳が並べられていましたので、私も湯上りにグビっと一気飲みしちゃいました。もちろん腰に手を当てながら・・・。
画像をご覧のように私が訪問した時にはどなたもいらっしゃいませんでした。というのも朝一番で伺ったのです。実は前夜にも利用しているのですが、その時には地元の方がたくさんいらっしゃいましたので、翌朝出直したのです。前夜は湯気で真っ白く霞んだ浴室の中、強い下北弁が方々から飛び交い、みなさん翌日襲来するらしい寒波について話していらっしゃいました。利用することでその地方の方言のみならず、会話から風土、生活、文化などが伝わってくるのは、公衆浴場が持つ大きな魅力ですね。
木の床に、漁船の船底のようなコバルトブルーの浴槽。これぞまさに下風呂温泉の公衆浴場です。
画像を見ますと、まだ洗い場の床板が乾いていますね。上述のように朝一番で伺ったので、つまり一番風呂なわけです。入室した瞬間、鼻孔を突いてくる硫黄の湯の香に思わずニンマリ。そして口開けの一番風呂に巡り会えた幸運にもニンマリ。自分では気づかなかったのですが、けだしこの時の私は気持ち悪いくらいにニヤニヤしていたのではないでしょうか。ところで、この床板は温泉のお湯で濡れると大変滑りやすく、数年前に私もこの床で滑って顔面右半分を思いっきり痛打した苦い思い出があります。ニヤニヤしながらもそんな経験を思い出し、浮かれて再び滑らないよう注意しながら、桶でお湯を汲んで掛け湯させていただきました。
窓の沿って並ぶ洗い場。いかにも昭和らしい公衆浴場ながら、水栓一つ一つの設置間隔が広く、ソーシャルディスタンスが叫ばれる以前からしっかりディスタンスが確保されていました。もちろん設置した当時はそんなことなんて微塵も考慮されていないかと思いますが・・・。
コバルトブルーの浴槽は2つあり、それぞれ同じ大きさなのですが、温度別に分かれていて、脱衣室側がぬるめ、もう一方が熱めです。ぬるめと言っても一般的なお風呂より熱いことが多く、前夜に利用した際にも、当地の旅館に宿泊している浴衣姿のお客さんが、このぬるめの浴槽に入ろうとしていましたが、つま先を入れただけで熱くて入れず、掛け湯だけにとどめていました。一方で、地元の方はぬるめは勿論、熱い湯船にも平気な顔で肩まで浸かっていらっしゃいましたから、場数を踏めば熱いお湯も快適に感じられるのでしょう。かく言う私も場数だけは多いので、熱い浴槽にすんなりと入ることができました。強がりを言うわけではありませんが、ピリピリする熱いお風呂も、慣れると結構気持ち良いんです。やや倒錯気味のマゾ的快楽なのかもしれませんけどね。
浴槽は2つに分かれていますが、そこへお湯を供給する湯口は共通。それどころか、女湯とも共通なんですね。つまり浴場の中央にお湯を吹き上げさせ、そこから男女、それぞれのぬる湯とあつ湯に分配されているわけです。シンプル且つ合理的な構造です。
大湯のお湯はしっかりと白濁し、酸味や硫黄感が強く、またクレゾールを彷彿とさせるような刺激臭も感じられます。濃いお湯ながら体になじみ、熱いながらも病みつきになる気持ちよさがあって、湯船に浸かって逆上せかかっても、気持ちよさに後ろ髪を引かれて出るに出られなくなってしまいます。また湯上りの温浴効果も素晴らしく、以前私も厳冬期に利用したことがありますが、お風呂から出てしばらくは外套要らずで外を歩くことができたほどです。
今回の惜別入浴では、夜、そして翌朝と2回連続で入り、熱いお湯で全身を真っ赤にさせながら、思う存分に下風呂温泉の公衆浴場を堪能することで、「大湯」と「新湯」に対する未練を断ち切ることができました。改めて良い浴場であり良い湯であることを再認識しました。いままで両浴場の運営維持に携わってこられた関係者の皆様方に、一介のファンとして篤く御礼申し上げます。
以前「長谷旅館」があった場所に、新施設「海峡の湯」が建てられました。もちろん津軽海峡を臨むロケーションがその名前の由来となっていることは容易に想像できますが、井上靖が小説『海峡』の終盤を執筆したのが「長谷旅館」でしたから、当然その小説の名前にも因んでいるはずです。下風呂きっての老舗旅館だった「長谷旅館」の跡地に建ち、「大湯」「新湯」という二つの公衆浴場が担っていた役割をも引き継ぐ、当地にとって極めて重い役割を持つこの新施設。昭和の面影を強く残す浴場が過去帳入りしてしまうことに一抹の寂しさを覚えますが、12月からオープンするこの施設が下風呂の新たなランドマークとして地元の方々や旅行者に愛され、下風呂の振興の大きな推進力となることを願ってやみません。
私が11月上旬に「海峡の湯」を外側からちらっと見た時、内部では開業に向けてスタッフの方々が研修に励んでいらっしゃいました。なお開業後の営業時間などは上の画像をご参照ください(変更になる可能性もございます)。
建物は海に面して全面窓になっていますから、おそらく浴場からの眺めは格別でしょう。私も機会を見つけて再び下風呂を訪ねたいと思っています。
下風呂温泉は東京から800キロ以上あるにもかかわらず、お湯、景色、佇まい、そして味覚と、余多の魅力があるため、私はいままで何度も訪ねてその素晴らしさを堪能させていただきました。当地にとって2020年は一大転換点となるかと思いますが、これからも今まで同様に、あるいは今まで以上に、下風呂ならではの魅力と癒しを旅人に与えつづけていただきたいと冀っております。
大湯1号泉(再分析)
酸性-ナトリウム-塩化物・硫酸塩温泉 56.5℃ pH2.17 湧出量測定不能(自噴) 溶存物質3.681g/kg 成分総計4.266g/kg
H+:6.8mg, Na+:703.2mg(54.51mval%), NH4+:5.2mg, Ca++:172.9mg(15.38mval%), Al+++:27.0mg, Fe++:18.1mg,
Cl-:1339mg(68.65mval%), Br-:2.5mg, I-:0.7mg, S2O3--:1.6mg, HSO4-:167.3mg, SO4--:7.4.7mg(27.81mval%),
H2SiO3:170.8mg, HBO2:185.8mg, H2SO4:2.9mg, CO2:584.2mg, H2S:0.8mg,
(平成24年12月17日)
青森県下北郡風間浦村下風呂97
4月~10月→7:00~20:30
11月~3月→8:00~20:30
350円 月曜定休
私の好み:★★★