温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

トルコのレンタカー初体験

2015年01月31日 | トルコ
今回トルコ温泉めぐりの旅において、足として大活躍したのがレンタカーです。予算などの都合により利用できたのは4日間だったのですが、それでも公共交通機関では訪問が難しいような場所を含め、限られた時間の間に多くの温泉を効率よく廻ることができました。私が誘惑されるような鄙びた温泉は、交通の便が悪いところに立地していることが多いので、公共交通機関よりはるかに機動力が勝る車は、温泉巡りに欠かせません。
拙ブログではこれまで、台湾・アイスランド・マレーシアで初めてレンタカーを利用した際の体験記を書き綴ってまいりましたが、これらの同様に今回の記事では、トルコで初めてレンタカーの借りた際の実体験を初心者目線で書き綴り、自分の旅の備忘録としてだけでなく、今後レンタカーでトルコを巡ろうとお考えの方に、微力ながらお役立てくださればと考えております。


●予約・貸出・返却
トルコのレンタカー事情は他の各国と大差なく、少なくとも私が利用した限りでは、ご当地ならではの特別な手続きや商習慣のようなものも無かったように感じております(トラブルが発生した場合はどうなるかわかりませんが…)。当地には国際資本の大手レンタカー会社も進出していますし、現地資本も業者もたくさんあります。また都市や有名観光地を中心にして、各地の各社の営業所がありますので、ニーズに応じて使い分けられるかと思います。
今回私は世界各国にネットワークを持つAVISを利用しました。現地資本よりも料金は高めですが、これまで他国で利用した時も問題が無かったので安心できますし、他の大手業者に比べて全体的な料金が低めに設定されていたので、トルコでもAVISを選びました。


 
AVISのブルサ営業所は、私が宿泊した温泉地チェキルゲからブルサ中心部へ向かうチェキルゲ通り沿いにあり、ホテルから徒歩10分ほどの距離でしたので、ホテルのチェックアウト後に直接歩いて営業所まで赴きました(営業所の位置はこちら)。
予め出発前にインターネット上で予約を済ませて、予約確認のメールをプリントアウト。貸出当日は営業所へ直接出向いて、カウンターにて「予約をしている●●です」と名乗ってメールを提示したところ、スムーズに手続きが進みました。ここのスタッフは英語が流暢なので、トルコ語がわからなくても大丈夫。貸出手続きの際に必要なものは、以下の4点です。
・パスポート
・日本の免許証
・国際免許証
・クレジットカード

カウンターで手続きをしている最中に、別のスタッフが駐車場から車をもってきれくれました。ほほぉ、この車が今回の私の相棒になるわけだな。この車については後述にて詳しく述べます。この実車については外装状態や燃料計の確認が行われ、英語対応の緊急連絡先について書類を用いながらきちんと説明されました。日本でレンタカーを借りる時と同じように、諸々の確認はキッチリしており、大変安心できます。

当然ながら車のサイズや排気量等によって料金クラスが異なるのですが、今回私が選択した4ドア・ATのエコノミークラスですと、免責補償(CDW)・車両盗難保険(TP)・税金を含めて4日間合計で約650リラ(33,000円弱)で、これにオプションとしてGPSが1日当たり15リラ加算されました。支払いは貸出時に行うのですが、この際にカードからデポジットとして300リラ余計に引かれます。もちろん、無事に返却することにより、このデポジットはちゃんと返金手続きされました。なおこのAVISなど一部業者では他営業所への乗捨が可能ですが、乗捨料金がかなり高いので、今回は貸出と同一営業所へ返却しました。



オプションで貸し出してくれたGPSは、欧米では結構なシェアを誇るオランダ・TOMTOM社製でした。設定によっていろいろな言語で表示することができるらしく、メニューの中には日本語も見られましたが、なぜか変更が上手くいかず、旅行中は仕方なくトルコ語表示のまま使い続けました。でも、そんなこともあろうと、私は事前に訪問したい場所のGPS座標をGoogle Mapで調べておいたのですが、これが大正解。地名の入力方法がわからなかったり、入力できてもデータベースとマッチングできずに地点検索されなかったりと、海外で自動車用GPSを使う場合には、現地で戸惑うことがしばしばですが、そんな場合でも世界共通のGPS座標(つまり緯度と経度)がわかっていればピンポイントで検索できますから、非常に有用でした。私のトルコ温泉レポート各記事で、各ポイントのGPS座標を掲載しているのはこのためです。

ちなみに、このGPSは郊外など都市以外では問題なく反応くれたのですが、都市部では画面表示がわかりにくくて大通りと路地が判別できず、一方通行や諸々の通行規制にも対応がいまいち。更には画面の現在位置が実際より遅れる上、若干ズレて表示されるので、かなり使いづらくて手を焼きました。最終的に頼りになったのは、紙の地図とスマホのグーグルマップ、そして自分の方向感覚だったのでした。ドライブはデジタル機器に振り回されるのではなく、自分の脳味噌で能動的にコントロールするものだということを、再認識させられました。


●道路
 
今回は地方の温泉を巡るためにレンタカーを利用しましたので、起終点となったブルサ以外の都市部はほとんど走行していません。このため交通量の多い都市部に関しては言及できませんが、各地を結ぶ幹線道路はとても走りやすく、舗装状態も良好であったので、自動車専用道路のような感じでスイスイ走行できました。一方、地方の田舎道は、舗装されているもののデコボコがあったり、非舗装区間があったりと、場所によって状態に善し悪しがあり、一概にどうだと断言できる状況ではありませんが、少なくとも私が走行した区間に限れば、特別悪いような印象は受けませんでした。ごく普通に走行できます。

都市部に関して、ブルサに限って言えば、アタチュルク通りのヘイケル付近など、市街の中心部はグリッドロックが発生しているのようなひどい渋滞が起きていましたが、ちょっとでも離れると、交通量は多いものの比較的順調に流れており、なかにはアグレッシブな運転(※)をするドライバーもいますが、日本の東京都内や大阪で運転できる方でしたら、当地でも問題なくハンドルを握れるかと思います。逆に言えば、日本でも都市部での運転に自信が無い方は、ちょっと難しいかも。
(※)割り込み・急な車線変更・車間詰め・煽り・急停車・信号冒進などなど。この手の危険な運転は、トルコのみならず都内や大阪など日本の都市部でもよく遭遇しますし、交通量の多いところでは、多少無理しないと自分の希望する進路へ進めませんから、お国柄云々の問題ではなく、都市部で運転するなら仕方のないことだと覚悟するしかないのかも。尤もその乱暴さは日本の比ではないのですけど。



ブルサの近郊では道路工事があちこちで行われており、上画像のように右側の側道に入りたくても、工事で通行止めになっているような区間も随所で遭遇しました。このためGPSがちっとも役に立たず、行きたい方向になかなか進めず難儀しました。立体交差が多く、中央分離帯で対向車線と分かれており、しかも車の流れが早いので、∪ターンがしにくいんです。このため、上画像のような場所では大きく迂回するはめに…。


 
駐車場はトルコ語で"OTOPARK"。私が目的地とするような田舎の温泉地には、大抵駐車場がありましたので、車を停める場所に苦労することはあまり無かったのですが、食事や買い物などで街へ出た際、気軽に駐められるような駐車場が見つからなければ、斜めに頭から突っ込んだり、あるいは縦列駐車したりと、他の車に倣って路上駐車しました。これはトルコのみならず、洋の東西を問わず、他の多くの国でも路上駐車はごく普通に見られますよね。なお都市部では有料の駐車場もありました。


 
一般道でも主要都市を結ぶ幹線道路の分岐点はインターチェンジになっており、車線も標識もきちんとしていますから、私のようにトルコを初めて運転する者でも、安心してドライブできました。
果てしなく広がる大地に伸びる一本道をぶっ飛ばす気持ち良さったら、日本じゃなかなか体験できませんね。制限速度は集落や街などが50km/h、それ以外は90km/hなんだそうですが、速度規制はあって無いようなものなのか、レーサー顔負けでビュンビュン飛ばして先行車を追い抜かしてゆくドライバーも結構多く見られました。その一方、たまにネズミ捕りらしきパトカーの姿もたまに見られたので、チキン野郎な私は100km/hを上限にして、それ以上飛ばさないよう心がけました。


 
悠然と道路を横切る家畜の群れに遭遇することがあるので、前方の障害物には要注意。こんなときには焦らないで、家畜達が横断し終わるのをゆっくりと待ちましょう。4日間ドライブしましたが、1日1~2度はこのような場面に出くわしました。


 
某所の幹線道路上で信号待ちをしていると、左折レーンに荷車を曳く馬が現れました。なんとも牧歌的じゃありませんか。一応日本の道路交通法でも馬は軽車両としてきちんと規定されていますが、実際にお目にかかることはほとんどありませんから(※)、新しいアウディと前世代的な馬車が一緒に並んで信号待ちをしている風景は、私にとっては却って新鮮に映りました。
(※)東京界隈ですと、世田谷の馬事公苑や川崎の小向厩舎あたりなど、都市部でも意外といろんな場所で公道上の馬を目にできるんですけどね。


●標識
交通標識はヨーロッパに準拠しているようです。詳しくは以下の各ページなどをご参照ください。
 トルコの道路標識(規制標識)
 トルコの道路標識(警戒標識)
 国際連合の道路標識
 (いずれも株式会社キクテックのホームページ内)

大体は見ればわかるものばかりですが、以下の点は日本と大きく異なりますので、海外の標識に慣れていらっしゃらない方は、事前に頭へ入れておく必要があるかと思います。どのようなものであるかは「国際連合の道路標識(規制標識)」でご確認ください。
・通行禁止(日本ならば赤丸に赤斜線が引かれるが、海外では斜線が無く赤い丸だけ)
・追い越し禁止(2台の車が並んで表示されている)
・優先道路(黄色い菱型。日本とは全く異なる)
・対向車優先(赤い矢印と黒い矢印で表示される。黒い矢印の方向が優先)
・禁止の終了(グレーで表示されるか、グレーの斜線が引かれる)

以下、私が現地で撮影した(たまたま画像に写っていた)交通標識をご紹介します。
 
規制標識を中心に。
とまれ・行き止まり・(トラック)進入禁止・左折禁止・直進左折可能・路地あり・追い越し禁止・右折禁止・進入禁止・一方通行。


 
地名および方向は基本的に青地白文字で表示されますが、特定の建物や施設は白地黒文字で表示されることもあり、また観光地や名勝などは茶地に白抜き文字です。この「茶地に白抜き文字」はヨーロッパでも中華圏でも、世界各国で採用されている観光地の表示方法ですが、なぜか日本では一部自治体が採用するだけに留まっているですよね…。
また、集落や町に入る箇所で、その地名が記された横長の標識が立っている点も、ヨーロッパ各国と同様です(集落が終わる箇所では、地名に斜線が引かれた標識が立っています)。速度制限を厳守するヨーロッパ各国では、集落に入ると度の車もキッチリ速度を制限速度以下に落としますが、トルコでは心持ちアクセルを緩める程度といった感じで、そのあたりは比較的アバウトみたい。


●ロータリー
ヨーロッパに多いラウンドアバウトは、トルコでも数カ所で見られましたが、それほど多くは無かったように記憶しています。どちらかといえば、次に示すようなロータリーが随所に見られました。

(1)信号が無いロータリー

上の図では、左右に伸びる2車線道路が優先道路、上下に伸びる道が路地です。右折は楽勝ですが、問題は左折する場合と、路地から優先道路に出る場合です。具体的に説明しますと…

・優先道路から路地へ左折する場合(緑線のルート)
緑の矢印の通りに進んで①はスルーし、左折して奥の方へ入って、③の場所で一時停止。対向車線の車を待ってから、路地へ進みます。左折のみならず、∪ターンもこの方法で可能。

・路地を直進する場合および路地から左折する場合(紫線のルート)
まず②で一時停止し、更に③でも一時停止して、直進もしくは左折します。


(2)信号があるロータリー

同様に、左右に伸びる2車線道路が優先道路、上下に伸びる道が路地です。基本的には直進も右折も信号に従えば良いわけですが、左折する場合は以下のようになります。

・優先道路から路地へ左折する場合(緑線のルート)
まず①の信号に従う。そして左折直後の③でも信号に従う。

・路地を直進する場合および路地から左折する場合(紫線のルート)
まず②(および③)の信号に従う。直進の場合はそのまま進む。左折の場合は更に④の信号にも従う。



・優先道路から路地へ左折する場合の具体例を上画像で表してみました。
早い話、ロータリーで左折したら、その直後も一旦停止、と覚えれおけば問題ないのかも。


●ガソリンスタンド
レンタカーは満タン返しなので、利用すると必ず1度はお世話になるのがガソリンスタンド。近年の日本では厳しい経営環境のため、ガソリンスタンドの数が年々減少傾向にあって、特に地方では給油に難儀することもしばしばですが、私が走行したトルコの各県(キュタフヤ県やバルケシル県など)では、余程の田舎でない限り、それなりの規模の村や町でしたら、大抵の場所ではガソリンスタンドが営業していました。またブルサのような都市部でも幹線道路沿いを中心に、多くの店舗が存在しており、レンタカー営業所へ返却する際にも、給油で困るようなことはありませんでした。


 
トルコのガソリンスタンドは、フランスのトタルや、日本でもおなじみのシェル(ロイヤル・ダッチ・シェル)など、いろんな業者が進出してしのぎを削っているようですが、中でも存在感が際立っていたのが、石油小売の最大手のペトロール・オフィシ(PO)です。Oの字の中で犬が吠えているロゴが目印のこのガソリンスタンドは、さすが最大手だけあって、都市部から閑村までいろんな地点を網羅しており、このロゴを見かけない日はありませんでした。日本のガソリンスタンドと同様に、道路から目立つ看板には油種別の単価が表示されています。


 
今回の道中では、田舎で1回、都市部で1回、都合2回給油をしましたが、いずれもスタッフによる給油でした。当地にセルフ給油はあるのかな? 給油方法は日本のスタッフ給油とほぼ同じで、給油機の前に車を止めて、スタッフに油種と量を告げれば良いだけ。「ディーゼル フル プリーズ」と中学生並みの英単語を並べただけで、問題なく通じました(ガソリンの場合は、油種名のかわりに95などのオクタン価を告げれば良いと思います)。ただし、油種によって給油機が異なる場合があるので、スタンドへ入るときには、各給油ブースに表示されている油種名を要確認(ガソリンはBenzin、軽油はMotorin)。
私の車へ給油中、その様子をカメラに収めようとしたら、スタッフ達は笑顔でポーズを決めてくれました。皆さん陽気です。


 
給油が終わると、給油機から伝票がプリントされるので、それを手にしてレジカウンターへ提示して支払いを済ませます。もちろんクレジットカードも使用可能。レシートには油種・単価・給油量・合計金額の他、車のナンバーも印字されており、どうやら食い逃げならぬ給油逃げを防止しているようです。

なお私が借りた車はディーゼルだったので、軽油を給油したのですが、ユーロディーゼルという欧州の品質基準に合わせた油種ですと、2014年11月現在でリッター当たり4.23リラ(約210円)でした。なおレギュラーガソリン(オクタン価95)の場合は4.95リラ(250円弱)です。原油安が続いている現在ですともう少し下がっているかと思いますが、それにしても日本より物価が安い国なのに、石油関係だけ突出して高いのは驚きます。どうやら税金がその原因のようですが、車を所有している皆さんは、どうやってやりくりしているんでしょう…。


●フィアット500L
 
今回私があてがわれた車は、フィアット・チンクエチェントの派生型である"500L"という車種です。Lという文字が示しているように、一般型のチンクエチェント(2ドア)よりも車体長が大きい4ドア仕様となっていますが、小型車であることには変わりなく、外観といい大きさといい、Miniっぽい感じです。
この車はディーゼルエンジンで排気量は1.3L。トランスミッションはセミオートマチックです。私の愛車もディーゼル車(マツダ・CX-5)ですから、ディーゼル車ならではの力強さと燃費の良さはもちろんのこと、最近のディーゼル車の静粛性なども日々実感しているのですが、この500Lもガソリン車と遜色ないほど振動が少なく音も静かであり、しかも同等な排気量のガソリン車よりトルクもあって、走りもまずまずでした。


 
トルコは右側通行ですから、もちろん左ハンドル。イタリア車だけあって、車内のデザイン性が高く、カジュアル感のあるシートに座るだけでもウキウキします。しかもこのシートは見た目だけではなく、若干固めの座り心地やホールド性も良く、長時間の運転でもあまり疲れを感じません。



トルコのナンバープレートはEU各国に準じており、左端は青地で、国名の略である"TR"という文字が記されています。「準じている」という点がミソでして、この"TR"の上の青地に12個の星の輪っかが入ればEUとなるわけですが、まだトルコはEUに加盟できておりませんので、青地のままとなっているわけですね。長年にわたってトルコはEU加盟を大きな外交目標に掲げていますが、そんなEUに入りたい願望が、車のナンバープレートにも表れているようです。なお左側の2桁の数字はその車が登録されている地域によって異なり、この車の34はイスタンブールを示しているんだとか。



給油口は指で直接開けるタイプ。蓋の裏にはちゃんとディーゼルであること明示されていました。


 
左(上)画像は後部座席から車内を見た様子。センターコンソールはオーディオ関係やライトの付帯機能のスイッチが並んでいます(ライトのON/OFFはハンドル横から出ているレバーで操作します)。私はFMトランスミッターを持参し、自分のオーディオプレーヤーから音楽や落語などを流していました。古典落語を聴きながらトルコをドライブするだなんて、ちょっとオツでしょ。


●フィアット500Lのデュアロジック(セミオートマチック)
さて、フィアット500Lに関して私が重点的に述べたかったのは、外観でも性能でもなく、セミオートマチックの一種であるデュアロジックについてであります。私はトルコが欧州と同様にマニュアル車が主流であることは承知しており、MT車だって運転できるのですが、AVISのホームページの予約画面ではAT車も選択できたので、それならば運転の楽チンなATが良いと考え、AT車を予約しました。しかし、実際にあてがわれたフィアット500Lは、フィアット独自のデュアロジックという、独特のセミオートマチック車だったのでした。
トルコだけでなく、AT車が少数派である国において、レンタカーでAT車を予約しても、実際にはこのようなセミオートマチック車が手配されちゃう可能性があるので、もし読者の方が私と同じような状況におかれた場合に備え、この記事でセミオートマチックに関して言及することにしました(トルコとは全く関係ないのですが)。



上画像をご覧くださればお気づきになるかと思いますが、このシフトレバーはMT車のものであるかのように見えます。私も初めて見た時には「あれ? AT車を借りたのに、間違ってMT車が手配されちゃったか」と疑ったのですが、レバーをよく見ますと、どうも様子がおかしい。マニュアルならあるはずの1・2・3・4…といった数字がない代わり、NとR、+と-、そしてA/Mというポジションがあり、その一方でAT車にあるはずのPやDが無い。そもそもNが右上に位置しているってどういうこと? なんじゃこりゃ? そこでひと呼吸置いて自分の記憶をたどったところ、10年ほど前、私はダイムラーのスマートというチョロQみたいな小型車を愛車にしていたことがあり、このスマートがセミオートマチックであったことを思い出しました。そこで、ブレーキを踏みながら、右上のNからレバーを中央へ動かし、アクセルを踏んだところ、車はきちんと前進してくれました。



ここで、デュアロジック車の運転について、4日間ドライブした実績に基づき、私なりの解釈を述べさせていただきます。まずシフト位置は上図のような関係になっており、AT車のPが無いかわり、駐車時にはNに入れてサイドブレーキを引きます(MT車と同じ感覚)。また、AT車を運転する際のDレンジが無いのですが、そのかわり、ブレーキをしっかり踏みながらレバーを真ん中(上図の白丸の部分)に持ってくると、1速に入った状態となり、アクセルを踏めば前進します。後述するオートマ状態のままであれば、日本のAT車と同じく、あとはアクセルを踏むだけでどんどん加速していきます。

このデュアロジックは上述のようにセミオートマチックであり、AT車と同様にクラッチは無いのですが、車がシフトチェンジする際は、「クラッチを切る→ギアを変える→クラッチを繋げる」という、MT車ではドライバーが行うべき操作を、車が自動的にやってくれる構造を持った車です。このため、ギアが変わるときには、ドライバーの意思とは関係なく、クラッチが自動的に切られるので、はっきりガックンと前後衝動が発生します。

AT車しか運転できない方はこの衝動にイライラするかもしれませんが、MT車が運転できる方はマニュアルモードにすることをおすすめします。A/Mがオートマとマニュアルの切り替え位置となっており、レバーを左へ動かす度にATとMTが切り替ります。+と-はご想像通り、シフトのアップ・ダウンを操作するものですので、マニュアルモードにすれば、自分の好みのタイミングでシフトチェンジでき、その操作と同じタイミングで、車の方でも自動的にクラッチ操作をしてくれます。なおシフトチェンジの際は、ちょっとアクセルを離すと、クラッチがスムーズに繋がり、衝動も少なくて済みます。なお普通のMT車でしたら、2速発進できますが、この車は2速から動かそうとすると、エラーとなって警告音が鳴ってしまい、前進してくれませんでした。



ハンドルの向こう側の、速度計のタコメーターの間に挟まれた表示に、シフトなど運転に関する各種の状態が表示されます。


 
画像左(上)の右上にご注目。"5"は5速を示していますが、その下に表示されている"AUTO"は、現在ATモードで走行しているという意味です。
一方、画像右(下)では、5速表示の下がブランクになっていますが("AUTO"の表示が消えています)、これはMTモードになっていることを表します。ATモードで運転しているつもりでも、スピードを上げてもシフトが進段しない場合は、MTモードになっちゃっている場合がありますので、画面で状況を確認の上、A/Mを切り替えればOKです。走行中は随時A/Mの切り替えが可能です。そのかわり、NやRにする場合は、きっちりブレーキを踏まないと、ピーピーと警告音が鳴って、ギアが入りません。
上述のように、普通のマニュアル車と異なり、この車の場合はMTモードであっても2速発進できません(※)。
(※)スマートのセミオートマは2速発進できるんだけどなぁ…。



MTモード時は、速度などの状況に応じ、シフトのアップ・ダウンをするタイミングを、車がアドバイスしてくれます。上画像では左側に「↑SHIFT」と表示されていますが、これは「シフトアップしろ」という意味であり、いまは4速だけど、スピードが上がってきたから、5速にあげてね、と車がアドバイスしてくれているわけです。なお、中央の表示は燃料の残量から計算した走行可能距離です。満タンで1203kmも走れるんですから、燃費はかなり良いですね。上述のように、4日間乗り続けて給油したのは2回だけ(うち1回は満タン返却のため)ですから、この数値は決して偽りではありません。ビバ!ディーゼル!

一般的なAT車と違い、セミオートマチック車はメーカーや車種によって、シフトレバーの形状や、実際の操作方法が異なり、今回の記事で述べたことが他の車種にも通用するとは限らないのですが、基本的な概念はどの車種も似たり寄ったりですので、もし海外でセミオートマに遭遇してしまった場合は、この記事を参考にしていただければと思います。むしろ、クラッチペダルの操作が不要であるかわりに、シフトチェンジは思いのままというこのセミオートマは、実際に運転するとかなり面白いんですよ。4日間のレンタカー旅では、ほとんどMTモードで運転しちゃいました。

さて次回記事からは、このレンタカーで巡った温泉を取り上げてまいります。
.
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブルサでちょこっと街歩き&グルメ

2015年01月29日 | トルコ
前回記事まで3回連続でブルサ近郊の温泉街チェキルゲの温泉浴場を取り上げてまいりましたが、実際に3軒立て続けでハシゴをしたわけではなく、湯疲れ防止の休憩を兼ねて、お風呂とお風呂の間に、観光を挟んだり食事を摂ったりと、入浴以外でもブルサの街を楽しんでおります。前々回記事で紹介した「イェニ・カプルジャ」で入浴した後、食事をするついでにブルサの街中へ出て、ブラブラ散策してみることにしました。



「イェニ・カプルジャ」の1ブロック北側には幹線道路のムダンヤ通り(Mudanya Cad.)が東西に伸びており、ブルサライという電車の線路が道路と一体になって敷設されています。中央の線路を複数車線の幹線道路が挟むこむというスタイルは、大阪の新御堂筋のようですね。ブルサライとは、都心部では地下鉄として地面の下へ潜り、それ以外の区間では地上を走行する、地下鉄と近郊電車を兼ねたような交通機関です。ネット上で調べてみますと、イスタンブールからフェリーでブルサへアクセスする場合は、ブルサ側の港からこの電車のお世話になることが多いようです。このブルサライに乗って都心部へ向かいます。


 
「イェニ・カプルジャ」の最寄り駅は、徒歩約5分のキュルテュルパルク(Kültürpark)駅です。幹線道路のアンダーパスを兼ねた地下の駅構内に入って券売機を探しますが、窓口しか無いので、職員から直接チケットを購入しました。運賃は乗車区間を問わず1回につき3.00リラで、このチケットはブルサライのみならず、トラムなどでも有効なんだそうです。チケットを券面の矢印方向へ改札機に挿入し、磁気データを読み取った機械が吐き出したチケットを再び手にとって、回転バーを前へ押せば入場することができますが、日本の自動改札機に比べると改札機の反応が鈍く「あれ、チケット呑み込まれちゃったかな」と不安になってしまうほどです。


 
ホームに上って4~5分で電車がやってきました。2両編成を3本連結させて6両編成にしており、車両自体もコンパクトで、江ノ電や広島電鉄のような、ライトレールに近いタイプです。なお私が乗車した車両はドイツ・シーメンス製でしたが、一部はボンバルディア製もあるんだとか。


 
都市部に入ると地下へ潜ります。キュルテュルパルクから2駅目のオスマンガーズィー駅で降りてみました。駅前にはトラムが走っているのですが、反時計回りのみの環状運転で、本数も大して多くなく、それでいて妙に混んでいたので、今回は利用していません。


 
オスマンガーズィー駅前広場で行列を発見。何を目的に並んでいるのかと興味津々で列の先を覗いてみたら、そこでは白衣のお兄さんが大きな鍋から豆のスープを掬って、みなさんに配っていました。これってどんな意味合いがあるのかな。炊き出し的なものではないんでしょうけど。


 
スープの配布を見ていたら私もお腹が空いてきたので、駅前にあるカフェテリア式のロカンタ(食堂)でランチ。ほうれん草の煮込みとジャガイモ・チキンの煮込みを半人分ずつ。



食後はオスマンガーズィーからドルムシュに乗って、街の中心部であるヘイケル方面へ向かいます。ドルムシュとは、行き先が決まっている乗り合いタクシーみたいなもので、ごく普通の乗用車の上に、行き先や経由地が記された行灯が載っかっており、一定人数の客が乗り込んだら出発してくれる乗り物です。街中には行き先とともに「D」と記された標識が立っているドルムシュ乗り場があるほか、希望する方向の車が来たら、手を上げて乗せてもらうこともでき、運転手に言えば途中で降りたり寄り道をお願いすることも可能で、かなり融通がききます。料金は一律で、私がブルサで乗ったドルムシュは、いずれも2リラでした。台数が多く、料金も安いので、ブルサの移動にドルムシュはとっても便利。


 
ドルムシュがアタチュルク通りに入って中心部に近づくにつれ、渋滞がひどくなってちっとも動かなくなったので、他の客が降りた場所で私も一緒に降りてみたら、そこはブルサのランドマークとでも言うべき「ウル・ジャーミー(Ulu Camii)」(大モスク)のちょうど正面でした。せっかくですから、この大きなモスクを見学することに。


 
ひっきりなしに出入りする人々の後について、何の予備知識も持たずにモスクへ入館したのですが、一歩踏み込んだ途端、荘厳かつ華美な雰囲気に圧倒されました。15世紀に完成した歴史ある建物なんだそうでして、白亜の柱や壁にはアラビア文字のカリグラフィが施されており、天井には20個ものドームを戴いているんだとか。ところどころに嵌められたステンドグラスも実に繊細で美麗です。
中央にはお祈りに際して体を清めるための大理石の大きな泉が設けられており、訪問時にも世代を問わずに次々に男たちがやってきて、水で自らを清めていました。手ぶらでやってきてもお祈りできるよう、泉の傍に大量のタオルが用意されているところは素晴らしい。


 
敬虔な信者たちが床に跪いて熱心に祈祷中。


 
ちなみに夜の「ウル・ジャーミー」はこんな感じにライトアップされるのですが、このライトはグラデーションを為しつつ次々に変色するため、パープルになったり、赤くなったり、真っ白くなったりと、ジャーミーの外壁は落ち着きなく色を変えてゆきます。この手の変色するライトはトルコのあちこちで見られたので、おそらくトルコでは変色するライトアップが好まれるのでしょう。


 
「ウル・ジャーミー」の裏手一帯はバザールが広がっており、ブルサ中の人が集結しているんじゃないか思うというほど大変な人混みです。衣料品店が多く、特に刺繍や絹織物を扱う店が多いようでした。このバザールから東に向かって伸びるアーケードを進んでみることに。アーケード内には装飾品関係のお店が並んでいましたが、私には縁遠い世界ですので、ちらっと一瞥するだけで先へ急ぎます。


 
途中再び人混みの凄い箇所があったので、人の流れに身を任せてゆくと、「コザ・ハン(Koza Han)」と称する一角に行き当たりました。どうやらここにはかつてキャラバン(隊商)宿があったそうですが、その事実を知ったのは帰国後のこと。2階建ての店舗街が中庭を囲んでおり、その中庭のチャイハネ(カフェ)では多くの人びとがお茶を飲んで一息入れていました。ブルサでも常に賑わっているスポットのひとつであり、衣料品店や雑貨屋さんが多いので、お土産入手にはもってこい。


 
「コザ・ハン」やその前の噴水広場を抜けて、再びアタチュルク通りに戻って東へ進むと、広場にアタチュルクの銅像が立つ中心部「ヘイケル(Heykel)」に至りました。広場の周りには行政庁舎や銀行などが建ち並び、いかにも都市の中心部らしい景観なのですが、街歩きとしては面白みに欠けるので、この大通りから適当に路地に入り、敢えて迷子になってみることにします。


 
中心部から離れるに従い、人数が少なくなって商店もおとなしくなり、生活感溢れる庶民的な街並みへと徐々に変貌してゆきます。商店街が尽きたところの角では、店頭に大きな鋸盤をのぞかせている職人さんのお店を発見。表の壁には細長い材木が何本も立てかけてあったのですが、何のお店かな。


 
お天道さまが上がっている方角を確認しながら路地を東へ東へと歩き、川を越えて大きな通りを横切り、坂道を上へ上へと登っていたら、いつの間にやら、ブルサの観光名所である「イェシル・ジャーミー(Yeşil Camii)」へと辿り着いていました。行き違う団体客はドイツ語や英語を話していたので、海外からの訪問客も多いのでしょう。


 
ブルサの街の高台に位置しているため、ここからの見晴らしが素晴らしく、白い壁の上に赤い屋根を戴く民家が視界いっぱいに広がり、彼方の小高い丘の上には別のモスクのドームとミナレットが目立っていました。また境内には人懐っこいニャンコが数匹ウロウロしており、こいつらがとってもかわいくて、撫でてやると喉をゴロゴロ鳴らして恍惚の表情を浮かべていました。


 

「イェシル・ジャーミー」は15世紀に建てられたブルサを代表するモスクのひとつ。さすが観光名所になるだけあって、内部に貼られた青みの強いコバルトグリーンのタイルは息を呑む美しさ。また壁に施されたカリグラフィや繊細な装飾にも感心。




ジャーミーその向かいには、寺院の付帯する霊廟「イェシル・テュルベ(Yeşil Türbe)」も隣接しています。名前を英語に訳すると"Green Tomb"つまり翠のお墓となりますが、その名の通り、外観や内部が鮮やかなターコイズブルーで占められており、館内に安置されたメフメト1世やその一族の棺までも、綺羅びやかなターコイズブルーのタイルで装飾されています。これだけ棺がいくつも安置されていれば、お化けの一つや二つも出ておかしくありませんが、これほどまで絢爛豪華で色鮮やかだと、おどろおどろしい雰囲気が微塵も感じられず、幽霊の現れる隙が無さそうですね。


 
ブルサ発祥のグルメといえば、いまやトルコ全土で当たり前のように食べることのできるイスケンダル・ケバブですが、このイスケンダル・ケバブを生み出した元祖の店がヘイケル付近にありますので、日が暮れて観光や温泉のハシゴでエネルギーが欠乏しかけた時間帯に、そのお店へ赴いてみました。その名もズバリ「イスケンダル」。通りからは厨房の様子も窺えます。



イスケンダルとは創業者の名前なんだそうで、テーブルのガラス天板の下に敷かれた紙には、創業者から現在に至る家系図が肖像とともに印刷されていました。このお店のメニューは単純で、イスケンダル・ケバブの1人前・1.5人前・2人前と、数種類のソフトドリンクがあるだけ。イスケンダル・ケバブ一本で勝負しているということは、それだけ元祖としての誇りと自信があるのでしょうか。


 
私が注文したのは1.5人前。目の前に提供されると、ジュワジュワと音を立てながらアツアツに溶けた液状バターを上から掛けてくれます。そもそもイスケンダル・ケバブとは、お皿に敷き詰めたピタ(薄いパン)の上にラム肉のドネルケバブを載せ、ヨーグルト・生トマト・焼いたシシトウを添えたもの。羊肉はその独特の臭みによって好き嫌いがわかれますが、このラム肉ドネルケバブはとっても柔らかく、ジューシーで臭みがありませんし、またこのお肉が添え物であるピタ、そしてヨーグルトの酸味やトマトの味に見事なほどマッチして実に美味なのです。決して派手でも手の込んだ料理でもないのに、調理法や取り合わせによってこれほど美味しい料理にまで昇華するのですから、このイスケンダル・ケバブがご当地を飛び出して全国区になったのは十分頷けます。

なおケバプと一緒に、このお店の名物とされる「シュラ」と呼ばれるブドウジュースの一種も注文しました。表現が難しいのですが、基本的にブドウジュースであるものの、甘みが強く、それでいて何かしらが混じることにより風味や口当たりが微変しているようでした。まずまずの美味しさです。
想像以上にこのイスケンダルケバブが美味かったので、はじめのうちは軽くペロッと平らげられるだろうと舐めていたのですが、さすがに肉料理ですから時間が経つと急激に胃袋が重くなり、途中から食べるスピードが衰えて、全てを食べ終わる頃には目が回りそうなほどお腹がパンパン。苦しいったらありゃしない。男でも1人前で十分だと思います。ついでに言えば、食後のチャイ(紅茶)を含めてお会計が41リラもしたのは驚きました。老舗を名乗るお店って、どこもお高いのね…。



ヘイケルのアタチュルク通り沿いには、イスケンダルケバブの創業者一家から暖簾分けしたお店があり、お昼すぎにこの前を通り過ぎた時には、店の外にまで列ができていたほどの大盛況で、実は元祖よりこちらの方がブルサっ子には人気があるみたいなのですが、私が訪問した夜には既に閉まっており、その味を体験することはできず・・・。


  
食後しばらく散歩して腹ごなしを経た後、ヘイケルの前にあるバクラバジ(※)のカフェスペース、で私の大好物であるストラッチを口にしながらチャイを飲んでお口直し。ストラッチとはトルコ風のライスプリンです。焦げて硬くなった表面をスプーンの先でパリパリっと割って、その下にあるクリーミーな層の感触を感じる瞬間が、なんとも言えない至福のひととき。日本のプリンよりはるかに甘い味付けなので、濃く淹れられているトルコの紅茶によく合います。
(※)バクラバジとは主にバクラバを扱うスイーツ専門店のこと。バクラバとはトルコなど中東や北アフリカでよく食べられる、甘ったるいペイストリーの一種。

食後改めてブルサの街中を散歩しましたが、日中は年末のアメ横みたいに大混雑していたウルジャーミー裏のバザール内は、あの喧騒が幻だったかのように人っ子一人いなくなり、他のエリアでも夜8時を過ぎるとどんどん人通りが減ってゆきます。この街は夜の更け方が早いのかしら。急激に寂しくなってゆく街にいても仕方がないので、ホテルへ戻ることに。


 
ヘイケルから北へ伸びる下り坂の路地沿いにチェキルゲ方面行きドルムシュ乗り場がありますので、そこからチェキルゲのホテルへと戻りました。
上画像は日中に撮ったものです。この日、私はチェキルゲとブルサの街中を2往復したので、チェキルゲ行きドルムシュには何度かお世話になりました。日中は片道2リラだったのに、夜9時過ぎに乗ると2.5リラ請求されたのですが、時間帯によって異なるのか、はたまた運転手によって料金設定が違うのか…。

この翌日からはレンタカーでトルコの大地に湧く温泉を巡ったのですが、それについては次回以降の記事にて。
.
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブルサ・チェキルゲ温泉 ティアラ・サーマル・ホテル

2015年01月28日 | トルコ

ブルサでの宿泊は、温泉街チェキルゲの「ティアラ・サーマル・ホテル(Tiara Termal Hotel)」でお世話になりました。館内に温泉プールやフィットネスなどを擁するシティーホテルです。路線バスやドルムシュ(※)が行き交うチェキルゲ中心部のロータリーの目の前にあり、当地のランドマークである「エスキ・カプルジャ」と通りを挟んで向かいあっています。また周囲には商店や飲食店も並んでいるので、チェキルゲで温泉めぐりをするならとても便利な立地です。ドルムシュを使えば、ブルサ中心部へのアクセスも楽チン。
(※)行先が決まっている乗り合いタクシー。次回記事で具体的に触れます。


●客室
 
客室はいくつかのグレードに分かれているようですが、爪に火を灯す毎日を送っている私は、無い袖を振ることはできませんので、最もリーズナブルなスタンダードルームを選びました。某大手宿泊予約サイトを通じて手配しております。日本のビジネスホテル並みのお値段ですから、てっきり狭い部屋を想像していたのですが、ベルボーイが案内してくれた3階の部屋は予想を上回る広さがあり、大きなダブルベッドが置かれ、オフホワイトのファブリックと木目の調度品が、シックで落ち着いた空間を生み出していました。もちろんポットやミニバーなどの備え付けもあり、セーフティボックスも完備。Wifiもちゃんと飛んでいます。



チェキルゲ地区はブルサから西へ約4km離れた近郊の住宅地兼温泉街で、山裾の斜面に市街地が広がっており、ブルサ中心部からは結構な高低差があるため、この地区の見晴らしが良い場所からは、ブルサの市街や北側に広がる低地を眺望できます。私が泊まった部屋はちょうど見晴らしの利く北側に面していたため、窓のすぐ前に「エスキ・カプルジャ」のドームが、そしてその向こう側に広がるブルサの街を一望することができました。朝起きてカーテンを開け、眩しい陽光を浴びながらこの景色を眺めた時は、とっても爽快な気分に満たされました。


 
スタンダードルームで残念な点は、バスタブが無くシャワーのみであること。温泉街のホテルなので、各部屋にバスタブが備え付けられているだろうと安直に思い込んでしまったのですが、部屋にバスタブがあるのはスタンダードルームの倍の料金を要するグレードなんだそうでして、しかもそのバスタブに温泉が引かれているかどうかも良くわかりません。なおシャワーから出てくるお湯は、ボイラーで沸かしたごく普通のお湯でした。
バスルームのアメニティは充実しており、全てにホテルのロゴがプリントされています。タオル類とともにバスローブも用意されていましたので、ホテル地下にある温泉プールへは、部屋で水着に着替えた上、バスローブを羽織って向かいました。


●SPA

ホテルの地下一階は、温泉プールの他、フィットネス・ハマム・マッサージ・サウナなど一連のサービスが揃っているフロアなので、どんなお湯や設備なのか期待していたのですが、当然ながら各サービスには営業時間が設けられており、私が訪れた夜10時にはマッサージやハマムなどの部屋が既に閉じられていました。レセプションのスタッフ曰く、温泉プールならあと30分だけ大丈夫、とのことですので、慌ただしい入浴になってしまいますが、30分間利用させてもらうことに。
もうその時間ですと、ほとんどのお客さんはわざわざプールにやって来ないらしく、実はプールも既に照明が落とされていたのですが、スタッフは小走りで機械室へ向かい、諸々のスイッチを投入してくれたのでした(温泉プールの利用時間は7:00~22:30)


 
コンクリの低い天井を、プールの底から立ち上がっている幾本もの太い柱が支えており、いかにも地下室らしい閉塞感がたっぷりな温泉プール。イスタンブールの地下宮殿を白く塗りたくったようにも見えます。この空間の半分以上を占めているのが、槽内を水色に塗られた上画像のメインプールです。プールサイドにはたくさんのデッキチェアーが並んでいるのですが、利用客は私だけ…。


 
メインプールのお湯は獅子のレリーフから投入されており、湯口の下部には温泉に含まれる石灰が付着したと思しき白い跡が、放物線を描くようにこびりついていました。なお湯口における温度は40.8℃でしたが、槽内では30℃あるかないかといった、かなりぬるい状態でしたので、ここで湯浴みを楽しむことはちょっと難しく、単純にプールとして泳ぐことこそ正しい楽しみ方なのでしょう。
もちろんこの獅子のみならず、お湯は槽内各所からも投入されているはずであり、プールのお湯は縁のグレーチングへ溢水していましたが、そこで集められたお湯はしっかり循環されているものと思われます。



メインプールの奥の方には、赤いLED照明で縁取られた3つのジャグジーと、1つの温浴槽が並んでいます。この時のジャグジーは3つとも空っぽでした。クローズ時間が迫っていたので、既にお湯が抜かれちゃったのか、あるいは利用する度にお湯を張り替えるのか…。



ジャグジーと並んでいるのがこの丸い温泉槽。おおよそ3人サイズといったところでしょう。こちらには無色透明のお湯がしっかり張られ、供給も続けられていました。これでしたら支障なく湯浴みできそうです。


 
温泉を供給する配管は、湯口の部分だけステンレス管が接続されており、しかもその先っちょは平たく潰されていました。その形状は青森県の百沢温泉を思い起こさせます。湯口まわりは白い析出で薄っすらと覆われており、吐出口における温度は40.5℃でした。


 
湯船の温度は37.6℃で、ぬるめの長湯仕様。前回記事で取り上げた「カラ・ムスタファ」の湯船は日本人でも尻込みしそうな熱さでしたが、こちらはいろんな国からお客さんがやってきますから、万人受けするようにこの程度の温度に抑えられているのでしょうね。実際に入ってみたところ、お湯からは弱い石膏臭と甘味を伴う石膏味を感じ取れましたので、単なる真湯ではなくチェキルゲの温泉を引いていることは間違いないようですが、全体としてはかなりアッサリしていて主張が弱く、今ひとつ掴みどころに欠け、湯使いもよくわからないので、何ともコメントのしようがありません。

ここでの温泉はあくまでシティーホテルのプールと同じものとして利用すべきであって、お湯には期待しない方がよさそうです。でもホテルとしてはかなり満足度が高く、スタッフはみなさん愛想良いですし、バッフェ式の朝食も料理数が多くていずれも美味しく、タマゴ焼きなどはその場で調理してくれます。フライパンを握っていたタマゴ焼き担当の女の子がめちゃくちゃ可愛かったなぁ。上述のようにお部屋も値段以上の充実感が得られましたので、総じて見ればコストパフォマンスの高いホテルでした。


GPS座標:N40.202158, E29.022465,


ブルサ市街からチェキルゲ方面行きのドルムシュ(乗り合いタクシー)に乗り、運転手に「ティアラ・ホテル」と告げると、ホテル前のロータリーで車を止めてくれる。もしくは地下鉄ブルサライのSirameseler駅より徒歩17分(1.3km)

Çekirge Meydanı 1. Murat Caddesi No:1 Çekirge BURSA
ホームページ(英語版)

私の好み:(お風呂)★+0.5、(ホテル)★★+0.5
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブルサ・チェキルゲ温泉 カラ・ムスタファ

2015年01月27日 | トルコ

前回記事で取り上げた「イェニ・カプルジャ」へアプローチする坂の手前には、17世紀に実在したオスマン帝国の大宰相の名前をそのまま名乗っている「カラ・ムスタファ(Kara Mustafa)」という温泉旅館があり、ここでも入浴のみの利用ができるそうですから、どんなお風呂なのか行ってみることにしました。通りに面して入口が2箇所並んでいるのですが、上画像は宿泊施設側の入口ゲートで、宿泊客はもちろん、家族風呂利用の際もここから入るんだそうです。


 
一方、その右隣の木戸は、扉の上に「KARA MUSTAFA TERMAL UMUMİ BANYOSU(カラ・ムスタファ温泉公衆浴場)」と表示されているように公衆浴場の入口。今回はこちらの公衆浴場を利用しました。


 
ホールの中央には白い大理石の噴水が据えられ、その周りを更衣個室が取り囲んでいます。番台に掲示された料金表によれば、入浴のみは20リラとのこと。「イェニ・カプルジャ」(17リラ)より若干高い設定なんですね。湯銭と一緒に貴重品を番台へ預けて鍵を受け取ると、ホールに待機している三助さんが私を更衣個室へ案内し、腰巻きを手渡してくれました。腰巻きじゃなく水着着用でも全然OKですが、せっかくですから、前々回や前回と同じく、ここでもご当地流の腰巻きで入浴することにしました。



浴室の真ん中には長方形の浴槽が据えられ、それを挟んで左右シンメトリに洗い場が配置されています。ペンキ塗りの天井以外は全てに大理石が用いられており、その上品な質感に思わずうっとり。「エスキ・カプルジャ」や「イェニ・カプルジャ」といったチェキルゲを代表するような浴場よりはるかに小ぢんまりしていて、どちらかと言えば装飾性よりも実用性を重視した構造なのですが、質素な造りが多い日本の温泉に慣れた自分の感覚には、却ってこうしたお風呂の方が馴染みやすく、日本でお風呂に入っているのと近い感覚で利用できて、なんとなく落ち着けました。


 

左右の洗い場には、大理石の鉢が置かれた真鍮製カランのペア(水と湯)が8組ずつ取り付けられており、お湯のカランからは体感で50℃以上の熱い温泉が出てきました。温泉成分の付着によりお湯のカランは白く覆われています。


 
浴槽のサイズは目測で3.5m×5.0mといったところ。深さは120cmですので、槽の真ん中では立湯となりますが、手前と奥にステップがありますから、そこへ腰掛けての湯浴みもできます。槽内の側面には穴があいており、そこから排湯されていました。おそらく放流式の湯使いでしょう。


 
焼け爛れたかのような赤茶色に染まる獅子の湯口からは、体感で50℃ほどもある熱い温泉がドバドバ吐出されており、そのお湯が加水など無い状態で浴槽へ直接注がれますので、湯船では45℃近い熱さとなっていました。東京下町の銭湯を彷彿とさせるような熱い湯船は、熱い風呂に慣れている日本人でも躊躇する方がいらっしゃるかもしれませんが、入浴客のみなさんはここで泳いだり、潜水したりと、平気な顔をして熱いお湯を楽しんでいました。一般的に海外ではぬるいお湯が好まれる傾向にあるかと思いますが、トルコの温泉愛好家は日本と同様に、熱めのお湯が体に合うんですね。たしかに、このピリッと来る熱さは身をキュッと引き締めてくれ、気分もシャキッと冴えます。

お湯は無色透明ですが、大理石の影響なのか湯船ではバスクリンを溶かしたような色を呈しています。知覚面では弱い石膏感が伝わってくるほか、ご近所の「イェニ・カプルジャ」より芒硝感が若干明瞭であったように記憶しています。


 
浴槽に向かって左側の洗い場にはサウナも設けられていました。もちろん別料金で垢すりやマッサージも可能。浴槽がある区画の手前にマッサージ台が設けられており、実際に私の入浴時にはマッサージを受けているお客さんがいました。


 
ホールへ戻るところにはバスタオルがたくさん積み上げられているので、湯上がり時には自分でここから取っても善し、三助さんに頼んで全身をタオルで巻いてもらうも善し。私はタオル巻きにしてもらい、番台で買った水を飲みながら、中央のホールでしばらく休憩させてもらいました。

「イェニカプルジャ」よりも高い料金設定であるためか、私が訪問した夕方はお客さんが少なく、数名が出たり入ったりしていた程度でしたが、それゆえに静かな入浴環境が保たれており、お湯の鈍りも少ないようでした。地味ながらも雰囲気が良く、落ち着いて湯浴みできる穴場的存在でした。チェキルゲで熱い風呂をご希望の方におすすめです。


GPS座標:N40.199371, E29.03812,


ブルサライ(地下鉄兼近郊電車)の"Kültür Park"駅より徒歩5分(500m)
入浴のみ20リラ

私の好み:★★+0.5
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブルサ・チェキルゲ温泉 イェニ・カプルジャ

2015年01月25日 | トルコ
 
前回記事の「エスキ・カプルジャ」(旧温泉)に対し、今回取り上げる「イェニ・カプルジャ」(Yeni Kaplıca)は、その名を日本語に直訳すると「新温泉」。チェキルゲ地区にある温泉浴場の中では、最もブルサ市街地へ近い場所に位置しているそうです。名前に新しいという語句を冠しているとはいえ、こちらも長い歴史を有しており、開設は16世紀に遡るんだとか。「エスキ・カプルジャ」が高級ホテルに付帯したハイソな浴場であるのに対し、こちらは庶民に愛される銭湯のような存在であり、全体的な雰囲気では寧ろこちらの方が「旧」なのではないかと勘違いしてしまうほどで、ドーム天井を戴く建物は貫禄たっぷりです。なお大きな建物であるにもかかわらず、この浴場は男性専用となっており、女性は隣接している「カイナルジャ」という別の浴場を利用することになります。


 
浴場の周りには水着を売る露天商が数軒見られました。


 
利用客のおじさん達が集って賑やかな番台で料金を先払いし、同時に貴重品を番台へ預けます。番台のおじさんが小さな引き出しを差し出してくれますから、そこへ貴重品を入れると、おじさんは引き出しを棚に収めて施錠し、キーをこちらへ渡してくれます。
番台は左(上)画像に写っている中央ホールに面しており、入浴のみの利用でしたら、このホールの周囲に並んでいる更衣用個室(カビネという。大体3~4人で一つの個室を共用)で腰巻きを巻いたり水着に着替えればよいのですが、今回ここでは垢すりとマッサージを体験したい上、湯上がりにはヤタクルと呼ばれる部屋のベッドで寝っ転がりたかったので、そのサービスを示す単語を3つを番台のおじさんに告げ、それに見合った料金を支払いますと、「KM」と浮き彫りされた涙型の金属札を私に手渡してくれました。Kはケセ(kese, 垢すりのこと)、Mはマサジ(Masaj, マッサージのこと)の頭文字でしょう。これは後ほど浴場内で施術してくれるスタッフに手渡します。



私のようにヤタクルを使用する場合は、ホールの更衣個室ではなく、ベッドがある奥の方の別室へ案内されますので、そこで着替えを済ませ、備え付けのスリッパに履き替えます。荷物はベッド脇のロッカーへ収めます。

中央ホールから先へ進むと、まず足を踏み入れるのが、中間ゾーンとでも言うべき空間です。そこには後述するマッサージ台の他、小さなサウナや腰巻き交換台など入浴に付帯するような諸々の設備が配置されています。更には、一方通行のシャワー通路が設置されており、この奥にある浴槽ゾーンへ行くには、そこでシャワーを浴びなくてはいけないようなシステムになっています。
私のように垢すりとマッサージを受ける場合、浴槽ゾーンへ向かう前に、ここにいるスタッフに金属の札を渡しておきます。すると、スタッフから「まずは体を洗って、湯船でしっかり体を温めて」と指示されますから、それに従い、シャワーを浴びて奥へと向かいましょう。


 
シャワーを浴びた先にあるのが、上画像の浴槽ゾーンです。高くて大きなドーム天井の浴場は、中央に真円の浴槽を据え、壁際に大理石の鉢が置かれた洗い場がたくさん並んでいます。もちろん水栓を開けて吐出されるお湯は温泉です。前回記事の「エスキ・カプルジャ」と異なり、こちらは多くの地元入浴客で賑わっており、庶民の社交場としての色が強いように感じられました。

トルコには世話を焼くのが好きな方が多いのか、今回の湯めぐり旅では、各地の浴場で私を手取り足取り案内してくれる親切な方に出逢ったのですが、この「イェニ・カプルジャ」でも、私が日本人だとわかると、入浴方法や浴場内の各設備など一つ一つを、まるで我が子に接しているかのように、付きっきりで細かく丁寧に教えてくれるお爺さんがいらっしゃり、おかげさまでマナー違反など他のお客さんに迷惑をかけずに利用することができました。このお爺さんが殊更私に喚起していたのは、入浴前の洗体と洗髪です。日本でも同様ですが、トルコでも湯船に浸かる前はしっかりと体を綺麗にすることが重要なマナーであり、おじいさんは私が携帯用の小さなボディーソープしか持参していないことを知ると、ご自分の大きな石鹸やシャンプーを貸して、しっかり洗いなさいとジェスチャーを交えながら教えてくれました。


 
浴槽は「エスキ・カプルジャ」と同様の、目測で直径ほぼ8メートルの真円形をした大理石造であり、深さが1.5mであることも同じなのですが、明らかな違いは湯加減であり、こちらのお湯は日本人でも十分に満足できる42~3℃の熱さをキープしています。特に獅子の湯口から吐出されるお湯は45℃近くあり、日本人でも熱く感じる人がいるでしょう。海外の人は熱い風呂が苦手だという先入観を抱きがちですが、トルコで地元の方が利用するような温泉施設はえてして湯加減が熱く、こちらはその代表例といえ、大量の温泉がドバドバ出てくる獅子の湯口では、その勢いを利用して打たせ湯を楽しむお客さんがたくさんいらっしゃいました。私も他のお客さんから「やってみろ」と唆されましたから、ここは日本男児の意地を見せてやるとばかりに、平気な顔して熱い打たせ湯に当たってみせたところ、周囲の方々はみな「平気なのか」と言わんばかりに驚きの表情を浮かべていました。


 
「イェニ・カプルジャ」で私が気に入ったのは上画像の蒸し風呂です。大理石の台が据えられたこの蒸し風呂には温泉がミスト状に噴射されており(画像に写っているステンレスの柵内)、その熱気と湯気によってミストサウナになっているのです。


 

お湯が噴射されている柵に近づいてみました。配管から温泉が霧状に噴射されており、ものすごい熱気で圧倒されそうになります。配管の周りや、噴射されたお湯が当たる壁には、温泉成分によって赤茶色に染まっており、石灰によって鱗状の析出がこびりついていました。なお壁の掲示には75℃とあるものの、そこまでは熱くないようです。


 
湯船やサウナで十分に体が温まった頃合いを見計らって、施術師さんが声をかけてくれたので、上述の中間ゾーンにあるマッサージ台へと向かいました。まずは洗い場の段に腰掛けながらの垢すり(トルコ語でケセ)です(左(上)画像)。施術師さんはかなりゴツイ図体だったので、はじめのうちは「力任せに荒々しくやってくるのではないか」と身構えておりましたが、いざ始まってみますと、意外にも程よい力加減で軽快に擦ってくれるのでとても気持ちが良く、痛さを覚えるようなことはありません。お湯やミストサウナ等で皮膚や角質が柔らかくなっていたことも、気持ちよく垢を擦れた一因でしょう。
垢すりが一通り終わりますと、続いてマッサージ(トルコ語でマサジ)へと移ります。ホワッホワなシャボンの泡を全身にたっぷり掛けられ、滑りの良い状態で肉をほぐすように施術してくれます。凝っているところを重点的に攻めるのではなく、全身を満遍なくほぐす感じですから、一箇所につきせいぜい2~3回しか揉んでくれず、若干アッサリしている感は否めませんが、それでも力の塩梅は絶妙でして、あまりの気持ち良さに、ついウトウトと微睡みそうになった程です。下手なマッサージ師に当たると、力任せにガシガシ揉まれた挙句、翌日以降もみ返し(筋肉痛)に苦しんだりしますが、ここではそのような苦痛は全くありませんでした。ただ、石鹸の泡でシャンプーされちゃうので、後で髪がゴワゴワしてしまったのは残念ですが…。

トルコではここを含めて3箇所のハマムでマッサージを受けましたが、技術的にはここが一番上手だったように思います。また、記念撮影にも積極的に協力してくださり、上画像のような想い出の一場面をしっかりと記録に残すことができました。



お風呂から上がった後は、腰巻きを新しいものに交換してもらい、同時にバスタオルで簀巻き状態にしてもらいます。タオル担当のスタッフさんは実に手際よく、あっという間にしっかりと巻いてくれました。タオルのターバンを巻きながら、マントを羽織っているような我が姿を目にすると、自分も中東の人間になったような、ある種のコスプレ的な楽しみが味わえました。これぞ温泉を通じた異文化体験ですね。


 
マッサージ台の近くには上画像のような飲泉所もあり、プラスチックの使い捨てコップも備え付けられていますので、実際に飲んでみたところ、特に主張の強い味や匂いは無いのですが、口の中で転がしているうちに、コントレックス的な硬い味と弱い石膏味、そして少々の芒硝感が得られました。
温泉分析表を確認できなかったので、泉質については言及できませんが、この飲泉からしばらくすると、私のお腹が下りはじめたので、その体験や味覚などから推測するに、硫酸塩泉かそれに準じた単純泉ではないかと思われます(硫酸塩泉を飲泉すると下剤としての効能があります)。


 
湯上がりはヤタクルのベッドに寝っ転がって、ひと寝入り。全身タオルでしっかり巻かれている上、ベッドで横になると三助さんが更に布団代わりのタオルを掛けてくれるので、温泉によって体内に篭った熱の逃げ場が無く、いつまでも体が火照り続け、体の水分がすっかり入れ替わったんじゃないかと思うほど、寝転がっている間に大量発汗しました。大量発汗という状況を想定しているからこそ、バスタオルを使うのが合理的なのかもしれませんね。
単にお風呂で汗や垢を落とすだけでなく、新陳代謝を活発にして肉体と精神の健康増進を図るという点に、トルコの温泉ハマムの真髄があるのかもしれません。なお壁には2時間という時間制限が表示されていましたが、私は他の場所も巡りたかったので、泣く泣く1時間で退室しました。

たくさんの入浴客で賑わうお風呂ですから、私が訪問したお昼ごろで、既に大きな湯船のお湯は鈍りが発生しており、本来透明であるはずのお湯は淀んだモスグリーンに微濁していました。お湯はしっかり掛け流されているのですが、需要に供給が追いついていないようです。従いまして、この浴場はなるべく早い時間の利用が良いかと思われます。


 
今回取り上げました「イェニ・カプルジャ」は男性専用ですが、同じ敷地内には女性専用浴場「カイナルジャ(Kaynarca)」が隣接しており、外観こそ地味ですが、こちらも地元のお客さんに人気なんだとか。私がこの建物の前を通った時も、館内からおばちゃんたちの喋り声が表にまで響いていました。なおカイナルジャのGPS座標はN40.198757, E29.03897です


GPS座標:N40.198908, E29.038372,

ブルサライ(地下鉄兼近郊電車)の"Kültürpark"駅より徒歩5分(500m)

7:00~22:00
入浴のみ17リラ(垢すり17リラ・マッサージ22リラ・ヤタクル22リラ、この3サービスと入浴利用の場合は61リラ)
ドライヤーあり、貴重品は番台預かり、石鹸類は場内販売あり

私の好み:★★★


コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする