記事の時系列的には前回記事から続いております。2018年秋に青森県を旅した私は、前回記事の黒石を出た後、弘前のビジネスホテルに泊まろうかと考えていたのですが、せっかくですから弘南電車で足を伸ばし、大鰐温泉で一泊することにしました。駅を降りた私は駅前の通りを東に向かって歩き、温泉街の入り口にあたる青い橋で平川を渡たったのですが、この橋を私はいままで何度渡ったことでしょう。初めて渡ったのは今から二十数年前のことですが、それから幾度も当地を訪れていますので、もう数えきれません。目を瞑っても歩けそうな気がします(この画像は翌朝撮ったものです)。
この日お世話になったのは青い橋を渡ってすぐ左手にある「旅館きしもと」です。予め数日前に電話で予約しておきました。
玄関の上に掲げられている宿名の文字看板は、その半分近くが外れてしまい「さしも」としか読み取れない状態になっていました。申し訳ないのですが、この外観だけで判断すると営業しているのか不安になってしまいます。でも玄関を開けてお邪魔しますと、お宿を営むご夫婦が笑顔で温かく出迎えてくださいました。
さすが津軽だけあり、廊下には照明の扇ねぷたが飾られていました。青森県民にとっては常識ですが、ひとくちにねぶたと言っても地域により文化が異なります。全国的にも有名な青森市のねぶたは"NEBUTA"と発音し、大きな人形の山車を曳きながら跳人が「ラッセーラー」と掛け声を掛けながらぴょんぴょん跳ねて賑やかに盛り上がるのに対し、弘前のねぷたは"NEPUTA"と発音し、扇ねぷたと呼ばれる扇形の山車を曳きます。扇ねぷたの表面は勇壮な武将の絵が描かれる一方、裏には美人画が施され、参加者は「ヤーヤドー」と掛け声を掛けながら隊列を組んで上品に街を練り歩きます。この他津軽各地にあるそれぞれの街ではそれぞれの形のねぶた(ねぷた)があり、画一的な類型化ができないほど実は多種多様だったりするんですね。屁理屈、失礼いたしました。本題に戻しましょう。
女将さんに案内され、その晩お世話になる客室へ通されました。こちらのお宿には客室が5室しかないらしく、今回通されたのはそのうちの1室である「白樺」というお部屋です。夜9時に到着したので、既に布団が敷かれていました。畳敷きの室内には古いながらもエアコンが設置されており、暖房やテレビも備え付けられていますが、冷蔵庫はなくトイレや洗面台は共用です。この客室をはじめ建物が全体的にかなり草臥れているようです。
卓袱台の上に置かれた灰皿の上にはお宿のネームが入ったオリジナルマッチが用意されていました。私はタバコを吸わないのでマッチを使いませんでしたが、いまどきマッチを用意しているお宿は珍しく、そもそもマッチ自体を手にする機会もあまり無いので、貴重なお土産として1つ持ち帰らせていただきました。そういえば平成生まれの方はマッチが使えない方が多いそうですね。何でも便利になったいまの世の中で必要とする場面に出くわさないのですから、知らないのは当然でしょう。
窓を開けると、すぐ下に平川が流れていました。左手に見える青い橋は駅から歩いてきた時に渡った温泉街の入り口となる橋です。この橋の向こう側には、当地の共同浴場のひとつである「若松会館」があります。
こちらのお宿は基本的に2食付で利用するようなのですが、上述のように私は夜9時に到着したため、夕食は抜いてもらい、朝食のみお願いしました(税別5,000円)。1階の別室に移動していただきます。オーソドックスながら動物性蛋白質とお野菜のバランスが取れた美味しいお食事でした。
さて、お風呂へ向かいましょう。1階の奥に男女別のお風呂があり、宿泊中は自由に入れます。内湯のみで露天風呂はありません。
実用的で渋い趣きのお風呂には、窓側に浴槽がひとつ据えられ、反対側の壁に沿ってシャワー付きカランが2つ取り付けられています。カランから出てくるお湯はボイラーの沸かし湯。機器が古いのか、コックをひねってからお湯が出てくるまでちょっとタイムラグがあります。また洗い場にはボディーソープなどの備え付けあるのですが、個人所有の物のような雰囲気が伝わってきたので、私はそれらを使わず持参したものを使いました。
浴槽は4~5人サイズ。ゆがんだ台形のような形状をしています。一般的なお風呂よりちょっと深いので、肩までしっかり湯に浸かれて入り応えがあります。なお浴槽のすぐ上には窓がありますが、隣家が近接しているので、窓を開けてもその壁しか目に入ってきません。景色は期待せず、汗を流してお湯とじっくり対峙しましょう。
蛇口から激熱のお湯が浴槽へ注がれています。蛇口は硫酸塩の析出によって羊の頭のような白くてモコモコとした造形ができあがっていました。投入量は絞られているのですが、その絞り方が絶妙であるため、湯船では加水することなく適温がキープされていました(そのかわり上下で温度差があったので、しっかり掻き混ぜてから入浴しました)。全量掛け流しです。
館内には温泉分析表の掲示が見られなかったのですが、いわゆる大鰐の混合泉の特徴がよく出ているお湯であり、石膏感(匂いと味)、石膏甘み、そして硫酸塩ならではの薬っぽい感じがよく現れています。また湯中ではトロトロしながらも、肌にはキシキシする浴感が伝わり、かつ入りしなはちょっとピリっとするような感覚が走りました。
建物が全体的に草臥れており、またお宿のご夫婦もお年を召されているため、随所にマンパワー不足を感じさせる点があるのは仕方ありませんが、静かな環境でリーズナブルに泊まって存分に温泉入浴したい時には相応しい宿かと思います。また宿のご主人はとても人当たりが良く、明るく柔和。かつてはスキーのコーチだっらたしく、館内には合宿時の生徒たちの寄せ書きが飾られており、それらを拝見していると、生徒たちのメッセージを通じてご夫婦のお人柄が伝わってきました。心が温まる家庭的なお宿でした。
分析書見当たらず
青森県南津軽郡大鰐町大字大鰐字大鰐86-1
0172-48-3267
宿泊のみ
私の好み:★★