山口県でも屈指の古い歴史を有する温泉と言われている長門湯本温泉は、音信川の両岸に比較的規模の大きな旅館が立ち並んでいますが、同じ山口県の湯田温泉とは対照的に歓楽的な雰囲気は薄く、むしろ静かでゆったりと時間が流れており、最近では廃業する旅館も相次いでいるため、鄙びて寂しい感すら覚えます。
さて、この長門湯本温泉では限られた温泉資源をしっかり護りながら有効に活用するべく、お湯を集中管理して各旅館に配湯しているのですが、そのためか、お風呂でお湯を掛け流している宿が少なく、湯使いに拘って宿選びをすると選択肢が限られてしまいます。2016年の初秋に巡った山口県温泉紀行において長門湯本温泉で宿泊した際には、当地で掛け流しを実践している数少ない宿のひとつである「旅館一福」でお世話になりました。当地のランドマークである公衆浴場「恩湯」の川を挟んだ斜め前に位置しており、旅館「六角堂」の真向かいです。上述のように規模の大きな宿が多い当地にあって、こちらのお宿は旅館と名乗っているものの比較的小規模であり、実質的には民宿に近く、特に玄関へ入った時には「あれ? 間違って民家にお邪魔しちゃったか?」と勘違いしてしまうほど、ある意味でアットホームな雰囲気でした。
建物は3階建。今回通されたお部屋は3階の角部屋でした。6畳の和室で、テレビやエアコンなど家電関係はひと通り揃っており、洗面台やトイレも客室に付帯していました。
客室の窓から外を眺めると、真正面に朱塗りの欄干の橋が音信川に架かり、対岸の真向かいに旅館「六角堂」のビルディングがそびえ立っていました。
客室から廊下に出ると、共用の冷蔵庫が置かれていました。共用ですから宿泊客はもちろん自由に使えます。なお、旅館のすぐ裏には美祢線の線路が敷かれているため、列車が通過するたびにディーゼルカー(キハ120)のエンジンのエグゾーストが館内まで響いてきました。
腹が減っては戦も湯浴みもできません。私は2食付きでお願いしましたので、夕食・朝食ともにお宿でいただきました。なお私が宿泊した時の料金は1泊2食付きで7,000円プラス消費税および入湯税です。上画像は夕食です。お値段控えめだったにもかかわらず、品数が多くてびっくり。温泉街そのものは山の中ですが、仙崎など日本海の漁港から近いため、お膳の上にはたくさんの海の幸が躍っていました。
朝食はオーソドックス。どちからといえばライトであり、二日酔いの方でも食べられそうな感じです。
さて旅の目当てのお風呂へと参りましょう。3階の客室から階段で2階へ下り、案内に従って廊下を進むと、突き当たりにお風呂の暖簾がかかっていました。入浴時間は決められており、夜は22:30まで、朝は6:00から8:50までです(つまり夜通しの入浴は不可)。脱衣室はバックヤードや機械室を改装したんじゃないかと思うほど天井が低くて薄暗いのですが、エアコンが設置されているおかげで、湯上がりには爽快にクールダウンすることができました。
まるで昭和にタイムスリップしたかのようなレトロ感たっぷりの浴室。その雰囲気をもたらしているのは、天井の低さと年季の入った窓サッシ、そして浴槽全面に貼られている昔懐かしい豆タイルでしょう。
洗い場にはシャワー付きカランが計7基取り付けられています。この洗い場と出入口の間に、風呂桶を置くための棚が据え付けられているのですが、組み立て式である上に、ちょっと草臥れているのか、棚が全体的に傾いているのはご愛嬌。
浴槽は縦長のいびつな台形で、左右の長さ(最長辺)は約3.5m。窄まっている湯口側(上底)の幅は約1.5mで、反対側の広い方(下底)は約2.5mかと思われます。浴槽内は濃淡青系の豆タイルが敷き詰められ、側面は淡い水色、縁上は小豆色のタイルが用いられていました。青系のタイルによってお湯の清らかさが映えていたほか、ブルーとレッドのコントラストが際立ち、クリアに澄んだお湯がなお一層綺麗に見えました。
そのお湯に関しては、岩の湯口からぬるめのお湯が落とされているほか、その直下にある槽内の穴からも熱いお湯が供給されていましたので、おそらく岩の湯口は源泉(というか引湯されてきたお湯)そのままかあるいは多少の加温、そして穴からは入浴に適した温度までしっかりと加温されたお湯が出ていたのでしょう。なお画像を見ると水位が低いように見えますが、これは浴槽の作りのためにそう見えるのであり、実際には入浴に十分な嵩までお湯が張られていました。
浴槽縁の上からお湯がしっかりと溢れ出ており、循環など行われているような様子も見られませんでしたから、放流式の湯使いで間違いないでしょう。こちらのお風呂では温泉街で集中管理している混合泉を引いていますが、見た目は無色透明で湯の花などは見られず、また口に含んでもほぼ無味無臭で、本来感じられて然るべき硫化水素感はほとんど確認できませんでした。貯湯槽でのストックや加温などの過程で、源泉本来の個性が飛んでしまったのかもしれません。しかしながら、トロミのあるお湯に浸かると、ヌルヌル感を伴うツルスベ浴感がはっきりと肌に伝わり、右手で自分の左腕をさすると、その勢いで右手がどこかへ飛んでいってしまいそうになるほど、ツルッツルでした。ローションのようなフィーリングはまさに美人の湯。そのツルスベ感をもたらしている炭酸イオン36.0mgは伊達じゃありません。さすが歴史ある名湯は素晴らしいですね。
限られた温泉資源を各旅館で分け合っている当地にあって、大規模な旅館ではお風呂も大きくせざるをえず、それゆえどうしてもお湯を循環しなくてはなりません。その一方で、こちらのお宿は他の旅館に比べれば小規模ですが、コンパクトだからこそお湯の掛け流しを実現することができるのでしょう。家庭的なお宿ですからサービス面など諸々でハイレベルなものは望めませんが、お湯の良さだけなら大規模旅館を凌駕していること間違いなし。温泉ファン向けの穴場的なお宿でした。
湯本温泉混合泉(市有1号・2号・3号泉、低温泉)
アルカリ性単純温泉 33.0℃ pH9.90 溶存物質0.174g/kg 成分総計0.174g/kg
Na+:35.00mg,
Cl-:12.07mg, SO4--:15.17mg, HS-:0.30mg, CO3--:36.00mg,
H2SiO3:60.84mg,
(昭和63年12月23日)
JR美祢線・長門湯本駅より徒歩10分(750m)
山口県長門市深川湯本1277-1 地図
0837-25-3914
日帰り入浴については不明
シャンプー類・ドライヤーあり
私の好み:★★