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私は年に何度か津軽地方を訪れる機会があるのですが、五所川原や鰺ヶ沢等といった所謂「西北五地方」(※1)が拠点となるため、青森市の市街を抜けた先の、津軽のほとんど東端と言っても差し支えないような場所にある浅虫温泉には、あまり足を運ぶ機会がありません。でも、たまにはちょっと遠回りしてみるのも良いかと考え、昨年の秋に予定をやりくりして当地をじっくり湯めぐりしてみることにしました。道の駅にある観光協会で「麻蒸湯札」(※)を購入し、それを手にしてまず向かったのが、棟方志功ゆかりの老舗旅館「椿館」です。
(※1)西津軽郡・北津軽郡・五所川原市の頭文字をとった地域名。津軽地方の北西部にあたり、大雑把に表現すれば津軽半島の西半分。
(※2)いわゆる湯めぐり手形のこと。1,500円で3軒の協賛施設に入浴可能。最近1,000円2軒という湯札も発売されるようになった。詳しくは浅虫温泉観光協会公式サイトをご参照あれ。
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正面玄関には不動明王の小さなねぶたが、そして玄関左手に広がる駐車場の一角には、「名誉市民」の提灯を手にする巨大な棟方志功のねぶたが展示されていました。前者は単なる飾りでしょうけど、後者は実際に運行されたことあるのかな。あるいはただのハリボテかな。生前の氏は仏教などを題材とした多くの作品を残していますが、まさか自分がこんな形で造形化されるとは、想像だにしていなかったことでしょう。禿頭と縁の厚い眼鏡以外、あまり似ていない気がしますが、まぁこれもご愛嬌。青森市の名誉市民には他に淡谷のり子や三浦雄一郎といった著名な面々がいらっしゃいますが、私個人としては、棟方志功と同じく「削る」アーティストであるナンシー関も是非その一員に加えてほしいなぁ、なんて思っています(無理だろうけど)。
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帳場で「麻蒸湯札」を提示して入浴をお願いしますと、とても丁寧に対応してくださいました。さすが老舗旅館だと感心しながら、浴室へと続く廊下を進みます。廊下の壁には棟方志功を写した写真がたくさん展示されており、ちょっとした博物館状態です。廊下の突き当たりに男女別の浴室出入口があり、その間には温泉水を冷やした飲水のサービスが実施されていました。
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木目やそれに準じた和の色調で統一されている脱衣室は、隅々まで清掃が行き届いており、清潔感が漲っています。棚の角には神様が祀られており、単に綺麗にするだけでなく、伝統的な習慣を大切に守っているところは、いかにも老舗らしい姿です。いまでこそボーリングすれば新たな源泉を求めることができますが、そもそも温泉は天からの恵みであり、神様を怒らせてお湯が止まってしまったら、宿を続けることができませんからね。
こちらで使われている源泉「椿の湯」は、現在ではあと一歩のところで数値が足りずに単純泉となっていますが、室内に掲示されている古い分析表の数値から推測するに、以前は含芒硝-石膏泉を名乗れるほどの成分を有していたようです。尤も、現在の源泉のデータだって、ほとんど含芒硝-石膏泉と同じですけどね。なお、飲泉に関して、飲泉許可受けているのは玄関にある17号泉であるから、浴室のお湯は飲んじゃダメという注意が喚起されていました。ということは、浴場のお湯とは別に、飲泉用の源泉があるってことか…。
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浴室に入った途端、はっきりとした芒硝臭とともに、磯の香のようなツーンと来る香りが微かながら漂ってきました。嫌が応にもお湯への期待に胸が膨らみます。脱衣室同様に、とてもよく整頓された綺麗な浴室内は、ブラウン系やチャコールグレーのタイルが多用されており、淡いミントグリーンの明るい浴槽とのコントラストが大変鮮やかです。
浴室の左手奥と右手手前に洗い場が配置されており、設置されているシャワー付きカランは計10基。カランから出てくるお湯はおそらく温泉かと思われます。
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室内にいくつかある浴槽のうち、主浴槽は目測で9m×4mという大きなキャパを有し、中程の柱に取り付けられている石造りの投入口より温泉が落とされています。この湯口で既に加水されており、この塩梅が絶妙であるため、湯船では万人受けする42℃前後の湯加減が保たれていました。そして浴槽の縁から洗い場へ、惜しげも無く溢れ出ていました。脱衣室の注意書きによれば、浴槽のお湯は飲泉に適さないとのことですが、喉を通さず口に含む程度なら問題ないだろうと、湯口のお湯を手にとってテイスティングしてみますと、芒硝味と石膏味(硬水のような重たい味。エビアン系)の他、微かな塩気があり、芒硝臭と弱い臭素的な香りが嗅ぎ取れました。浅虫温泉では多くの施設で共同管理された混合泉を引いていますが、こちらでは9本の自家源泉をブレンドした「椿の湯」というお湯を使っているんですね。
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主浴槽の隣にはぬるい打たせ湯が並んでおり、その吐出口は2本あるのですが、私が訪れた日は1本のみの使用でした。一方、脱衣室寄りに設けられているのは寝湯(右(下)画像)で、打たせ湯より若干湯温が高い程度のぬるいお湯が張られており、じっくり長湯できる仕様となっていました。
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浴室の最奥から屋外へ出ますと、小ぶりな日本庭園の中に岩造りの露天風呂がお湯を湛えていました。裏庭のような佇まいであり、周りは垣根で囲まれ、すぐ目の前に椿などの庭木が立ちはだかっているため、屋外にもかかわらず閉塞感は否めません。でも屋号になっている椿は、きっと花の季節になると彩りを添えてくれるのでしょう。この小さな世界を、狭いと捉えるか上品と理解するかは個々人の感覚によるかと思います。お湯は槽内のパイプから投入されており、オーバーフロー管によって排湯されていました。加水の有無やその程度によるのか、内湯よりもやや熱く、味や匂いも若干はっきりしているように感じました。逆に言えば、内湯は加水によって薄まっているのでしょうね。湯中ではマイルドなツルスベ浴感があり、しっとり潤って、湯上がりはモチモチ肌になりました。
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お風呂あがりに、玄関前の飲泉所で飲泉してみることに。掲示されている分析表は浴場と同じものですが、実際にこの飲泉所では17号泉という別の源泉が引かれているんだとか。蛇口の先には白い析出がコンモリこびりついており、指先で触れてみたところ、今すぐにでも浴槽に溜めて入浴したくなるような、絶妙な湯加減でした。しかもお湯からは石膏臭とともにふんわりとしたタマゴ臭が感じられ、味覚面でも明瞭な石膏味とタマゴ味が口の中に広がりました。明らかに浴場のお湯より主張の強く、しかも温度も素晴らしいので、できればこの17号泉に入浴してみたいものですが、飲泉用としてチョロチョロ流しているということは、湯量的に難しいのかな。
老舗の風格を感じながら、他のお宿とちょっと違う質感のお湯が楽しめる、上品で素敵なお風呂でした。
椿の湯(1・2・3・4・5・6・7・8・9号泉の混合泉)
単純温泉 74.5℃ pH8.0 292.7L/min(動力揚湯) 溶存物質0.969g/kg 成分総計0.969g/kg
Na+:153.5mg(48.00mval%), Ca++:139.4mg(50.00val%),
Cl-:122.4mg(25.67mval%), Br-:0.3mg, SO4--:456.2mg(70.69mval%), HCO3-:16.8mg, CO3--:5.4mg,
H2SiO3:65.6mg,
加水あり(源泉温度が高いため地下水を通年加水)
青い森鉄道・浅虫温泉駅より徒歩7分(550m)
青森県青森市浅虫字内野14 地図
017-752-3341
ホームページ
日帰りは「麻蒸湯札」を利用(6:30~8:00、13:00~15:00)
貴重品はフロント預かり、シャンプー類・ドライヤーあり
私の好み:★★+0.5