前回取り上げた「正面湯」では大阪から一人でいらっしゃった旅行客とお会いし、お風呂ならではの開放的な雰囲気に助けられて初対面とは思えないほど和気藹々と旅の四方山話に華が咲いたのですが、その方曰く、当地の旅館で日帰り入浴をしたかったので事前に何軒かの旅館へ電話したところ、悉く玉砕してしまい、仕方なく「正面湯」の一箇所だけで我慢した、と落胆しながらこぼしていらっしゃいました。年末年始の繁忙期でしたので、普段は受け入れているお宿でもこの日ばかりは断っていたのかもしれません。実は私も「正面湯」を出た後にもう一ヶ所どこかのお宿でお風呂をハシゴしようと考えていたので、このお話を聞いた途端に目の前が真っ暗になってしまったのですが、そんな状況の中でもきっとここは大丈夫だろうという勘が働いて訪ってみたのが、朝市広場とバラ園の中間のバス通り沿いに建つ、ノスタルジー感たっぷりの古風な佇まいの「越後屋旅館」です。
訪問したのは午後4時頃。大きな熊手と柱時計、そして膝の上に三味線を置く和装の女性を描いた油絵が目を引く玄関に立って「ごめんください」と声を掛けて入浴をお願いしますと、奥から女将がやってきて快く応対してくださいました。
上がり框から廊下を真っ直ぐ進んだ右手すぐに、浮世絵が描かれた浴室入口の暖簾が下がっています。写楽の「大谷鬼次の奴江戸兵衛」の方が男湯ですね。
脱衣室は年季が感じられる造りながらもお手入れが行き届いており広さもそこそこ。洗面台は4面設置されており、ドライヤーも用意されています。
お風呂は内湯のみで露天はありません。奥行きのある室内の左側に浴槽が、右側に洗い場が配置されています。浴室の戸を開けた途端に、ふんわりと優しく石膏のような香りが湯気とともに我が身を包んでくれました。
洗い場には混合水栓が6基設置されており、うち4基はシャワー付き、残り2基はシャワー無しなのですが、シャワー無しの1基については吐水口に塩ビのパイプが接続されており、浴槽の加水専用の蛇口となっていました。また、シャワー前に配された腰掛けの上にはおしりを安定させるための板が載せられ、そのひとつひとつにケロリン桶が伏せられていました。
浴槽は大文字の「J」を上下逆さにしてから鏡文字にしたような形状をしており、奥の方では塩ビパイプを斜めに切った打たせ湯が3本突き出ていましたが、この日は使われていませんでした。この日だけなのか最近は常に止めているのか、そのあたりの事情はわかりません。
浴槽の最奥に湯口があり、硫酸塩の白いトゲトゲ析出がこびりついたパイプから素手では触れないほど熱いお湯が注がれていました。湯口ではアツアツなのですが投入量に対して湯船が大きいためか、湯船では湯口に比べるとかなり温度が下がっており、これが功を奏してちょうどよい湯加減になっていました。共同浴場のように加水せずとも気持ちよく全身浴できる湯温です。
使用源泉は共同浴場と同じく5・6・7号源泉の混合。端的に表現すると食塩泉に石膏泉を少々ブレンドさせたようなお湯であり、無色透明で薄い塩味と弱い石膏的味覚および臭覚が感じられます。若干の加水は行われているようですが、加温循環消毒は行われておらず、浴槽の縁からしずしずとオーバーフローしていました。
一見すると何ら変哲のないお湯かと早合点してしまいがちですが、さすがに食塩などを含む本物の温泉だけあり、家庭のお風呂では決して得られない強力な温浴効果を有し、まるで真っ赤に燃えるコークスを体の芯に埋め込んだかのような熱が迸って、湯上りはしばらくダウンジャケットの着用が躊躇われたほどです。
帰り際に丁寧に挨拶してくださる女将に接し、あつみ温泉で宿泊する機会があったら迷わずこちらに決めようと心に誓いました。
5号源泉・6号源泉・7号源泉
ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉 56.5℃ pH7.3 蒸発残留物2360mg/kg 溶存物質2312mg/kg
Na+:636.2mg, Ca++:174.1mg,
Cl-:876.3mg, SO4--:407.9mg,
H2SiO3:8.4mg,
加水して温度調整
加温循環消毒なし
JR羽越本線・あつみ温泉駅よりあつみ交通の路線バスで「神社前」バス停下車、徒歩1~2分
(時刻などの検索は庄内交通HPを参照)
山形県鶴岡市湯温海甲132 地図
0235-43-2158
日帰り入浴時間不明
500円
シャンプー類・ドライヤーあり、ロッカー見当たらず
私の好み:★★