所用のため泊まりがけで大阪へ出かけた某日の晩。予定よりも早く所用が済んでしまったので、或ることを思いついて地下鉄中央線に乗り、朝潮橋駅で下車しました。
駅を出てからみなと通を天保山方向へ歩きます。この周辺は大阪市港区に属していますが、同じ港区でも東京のそれとは極めて対照的な、覇気がなく庶民的で寂しい街並みが広がっております。かつては港湾労働者達の活気に満ちていたのでしょうけど、住民の皆さんこぞって高齢者になってしまい、運河の向こうにはデートスポットの水族館、川一本隔てた対岸には関西随一のテーマパークがあるというのに、それらの輝きはこの界隈にちっとも届いていないようでした。
駅から約10分ほど歩いたところで角を曲がり、1本左手の路地に入ると、屋上に「天然」という文字と温泉マークのネオンが輝く古びたビルに行き着きます。今回の目的地である銭湯「テルメ龍宮」に到着です。ネオンが示しているように、この銭湯では温泉の浴槽があるので、温泉でこの日の疲れを癒そうと画策したわけです。
施設としては昭和の銭湯そのもの。木板の松竹錠の下足箱に靴を収め、番台の婆さんに湯銭を支払い、暖簾を潜って男湯へお邪魔します。脱衣室も典型的な銭湯ですが、棚の扉が全てコイン不要で施錠できるのはありがたい。浴場は2階層になっているらしく、脱衣室の目の前に広がる1階浴場の他、階段を下って地下の浴室へも行けるのですが、自由に利用できるのか別料金が必要なのか事情が掴めず、ヘタに踏み込んで関係者に大阪弁でまくしたてられたら、やわなハートの関東人たる私は落ち込んで立ち直れなくなるので、今回はノータッチです。
浴場(内湯)も一見するとごく普通の銭湯なのですが、よくよく見るとちょっと個性的。なお内湯に関しては画像はございませんのであしからず。
銭湯に無くてはならない洗い場のカランは計25ヶ所で、うち左右の壁沿いに並ぶ17箇所は壁直付の固定シャワー付き。それぞれ、適温湯・水・熱い湯という3つの水栓がセットになっています。一部のカラン上には「温泉」という2文字が躍っていたのですが、これってカランのお湯は温泉であることを示しているのかな。温度別にわざわざ2つの湯を用意しているのですから、どちらか片方は温泉なのかもしれませんが、実際に両方のお湯を使ってみても違いがよくわからず、狐につままれたような気分で、そのお湯を頭から浴びて体を洗いました。
左右前後の洗い場に挟まれるような形で複数の浴槽が設けられています。中央手前側の浴槽は温泉を循環使用しており、泡風呂装置が稼働していました。その隣の浴槽は若干小さいものの、深さなどは一般的な造りで泡風呂などの付帯機能は無く、こちらでも温泉が循環使用されていました。この2つの槽におけるお湯は弱い褐色を呈しており、槽内のタイルは温泉成分の影響で薄っすらと山吹色に染まっていましたが、しっかり循環されているためか温泉らしい特徴はあまり感じられず、塩素臭が漂っていたので、今回は様子を窺う程度にちょこんと浸かっただけ。
この他、真湯の槽や水風呂、そして別料金を要するサウナなどもあるのですが、浴室内で得も言われぬ不思議な存在感を放っていたのが(男湯の場合)左側に並ぶ小部屋群です。まず脱衣室に近い位置の「スチームサンソ風呂」は、名前からして既に十分怪しげであり、説明によれば大気の2倍の酸素が放たれているという謳いなのですが、実際に入ってみますと単なるミストサウナのような感じで、本当に酸素が濃いのかどうか…。ここに隣接する小部屋では竜宮城みたいな壁絵が施されており、その下に据えられているミニ浴槽では、循環の温泉と思しきお湯が勢い良くドバドバと吐出されていたのですが、その勢いを生み出すポンプの電気代が勿体無く思えるほど、私の訪問時は誰も利用しておらず、ただひたすら室内に音を響かせて温泉風情を無理やり醸し出しているようでした。またその奥には「バスクリン」と書かれている小槽もあるのですが、そこに張られているお湯はドリフのコントで使われるようなお風呂の色ではなく、何の変哲も無い透明なタイプだったようでした。兎にも角にも、昭和のB級感たっぷりの各室は、30年前から時が止まっているような周囲の庶民的な街並みと見事にシンクロしているようであり、実用本位になりがちな銭湯に一風変わった個性をもたらしていることは間違いないのですが、でもこの不思議な内湯に入るだけなら、私はここまで足を運びません。夜の街に繰り出して飲んだくれていたほうが余程楽しい。
今回のお目当ては内湯から通路を抜けた先にあるこの露天風呂です。銭湯なのに露天風呂にも入れるのはありがたいところです。とはいえ、ここは市街地のただ中であり、鉄筋ビル中庭の四方には高い壁が立ちはだかり、はるか上空に都会の淀んだ空を仰ぐばかりで、申し訳程度に日本庭園のような装飾が施されているものの、風情も景色もへったくれもありません。もっとも銭湯料金でここまで施設面を充実させているのですから、その企業努力には頭が下がりますが、私は露天の開放感を楽しみたかったわけではなく、この露天風呂で掛け流されている温泉に入りたいがために、わざわざこちらへ訪れたのでした。
壁に沿ってL字型の浴槽が据えられており、槽内には鉄平石が敷かれています。槽の幅は約2メートルで、奥行きは3~4メートル程でしょうか。頭上には数条のワイヤーが張られていますが、これは雨天時にテントを広げるためのものでしょう(この時は折りたたまれていました)。
L字型の浴槽は、手前側と奥側で若干趣きが異なります。手前側はやや浅く、一部は3人分の寝湯ゾーンとなっており、また湯尻となる吸込口もこちら側に設けられていました。お湯はほとんどオーバーフローせず、この吸込口から排湯されています。
一方、奥側の槽は一般的な深さで、坪庭の縁の石積みには湯口があり、湯加減は41~2℃という実に良い塩梅。私はほとんどの時間をここで過ごしていました。
パイプからは43℃前後のお湯が吐出されており、管のまわりには白や褐色の成分付着が見られます。また湯口のみならずお湯が触れる箇所は濃い赤茶色に染まっており、ビジュアル的にもれっきとした温泉であることが伝わってきます。温泉の投入口はこのパイプの他、その右側にもうひとつあり、そちらからもパイプと同じフィーリングのお湯が投入されていました。
内湯の温泉槽はしっかり循環されており、お湯の個性がほとんど失われていましたが、館内表示によれば露天風呂のお湯は「掛け流し」とのこと。私の経験上、都市部の温泉施設における「掛け流し」という表現は、話半分で捉えておくべきものですが、この露天風呂に関してはお湯の個性がはっきり現れており、鮮度感も良いので、その言葉に偽りはないものと思われます。
夜間でしたので見た目や色については明言できませんが、この時はモール泉のような薄紅茶色の透明に見えました。化石海水系の温泉にありがちな芳ばしい香り、土類泉のような味および匂い、そして薄っすらと清涼感のあるほろ苦味が感じられます。港湾エリアなのに塩味がほとんど無かったのは意外です。特筆すべきは気泡の多さで、湯口付近の湯面で白い泡が固まって浮かんでおり、入浴すると全身にビッシリと泡がついてくれました。総じて言えば弱い土類泉感を伴う重曹泉といったフィーリングで、ツルツルスベスベの滑らかな浴感や、湯中における沢山の泡付き、そして湯上がり後の程よい爽快感は、まさに重曹泉の特徴そのものです。
さてここで触れておかなければならないのが、現在のお湯の質感と、館内掲示されてる分析書との間に、かなり大きな隔たりがある点です。上述のように現在は重曹泉のようなお湯ですが、2009年分析のデータでは食塩泉と記されており、ネットで調べたところによれば、かつてのお湯は黄色く濁ってしょっぱい強塩泉だったそうです。源泉を掘り直していないならば、ここ数年の間に何らかの理由で薄まってしまったのでしょう。個人的な感覚で申し上げれば、単に薄まったのではなく、別物に生まれ変わったような感すらあり、阪神間に点在する温泉銭湯の泉質に近づいているのではないかと思います。濁りが消え塩辛さも失われた現在のお湯はインパクトに欠けるかもしれませんが、私としては現在の重曹泉っぽい泡付きのある滑らかなフィーリングの方が、体に優しくて入りやすく好みに合致するので、もし以前の濃い温泉と現在のお湯の両方を並べられたら、私は現在のお湯を選ぶでしょう。大阪の街なかに湧く温泉の実力を体感できる銭湯でした。
※以下のデータは2015年4月時点に館内で掲示されていた分析書の抄出ですが、現在湧出しているお湯は、これらの数値と大幅に異なるものと思われます。
龍宮温泉1号
ナトリウム-塩化物温泉 54.5℃ pH6.7 293L/min(動力揚湯) 溶存物質14.695g/kg 成分総計14.838g/kg
Na+:5280mg(92.65mval%), NH4+:18.6mg, Mg++:72.7mg, Ca++:179mg(3.60mval%),
Cl-:7790mg(92.69mval%), Br-:17.6mg, I-:2.1mg, HCO3-:1040mg(7.19mval%),
H2SiO3:120mg, HBO2:84.3mg, CO2:143mg,
(2009年12月7日)
屋内浴槽:加水なし・加温あり・循環あり・塩素系薬剤使用
露天風呂:加水なし・加温なし・循環なし・営業中の消毒薬剤使用なし
大阪市営地下鉄中央線・朝潮橋駅より徒歩10分
大阪府大阪市港区港晴2-3-35 地図
06-6574-1126
ホームページ
平日・祝日15:00~24:00、日曜7:00~24:00、木曜定休
440円
ロッカーあり、ドライヤー有料
私の好み:★★