灯台下暗しというべきか、神奈川県に住む私にとって、伊豆半島は身近で気軽に行ける温泉地のはずなのですが、近いからこそ「いつでも行ける」と後回しにする傾向があって、下手すりゃ余程遠い青森や北海道の方が訪問頻度が高いかもしれません。そんな私もたまには伊豆へ足を運びたくなる時もあり、先日気づけば東名を走って沼津インターから一般道を南下していました。東北や九州へ遠征する場合と違い、伊豆を訪れる際には、東名を走行している時に頭の中のデータベースを引っ掻き回しながら見当をつけるのですが、この時は山間の共同浴場に入りたい気分でしたので、久しぶりに湯ヶ島温泉の名湯「世古の大湯」でひとっ風呂浴びることにしました。この浴場は観光地としての色彩が強い伊豆にあって、全く逆ベクトルを示す地元密着型の鄙びた秘湯的共同浴場であり、それゆえ関東の温泉ファンにはよく知られた存在でして、インターネットにも多くの情報が紹介されております。
まずは車一台しか走れないような狭隘な県道59号線を西進して「湯ヶ島温泉」バス停へ向かいます。バス停の前には3台分ほどのスペースが確保されている駐車場があるので、そこに車を止めてからちょっと戻る感じで歩き、階段で世古峡の谷底へ下りてゆきます(なお駐車場に隣接して路線バスの転回場所もありますが、いくら広いからと言ってもそちらには駐車しないように)。
基本的に地元向けの浴場ですから、伊豆市観光協会のHPでは紹介されていませんし、現地に行っても案内標識などは一切掲示されていませんが、浴場へのアプローチとなる階段のトバ口には、利用に際する注意書きの看板が立てられているので、これがアプローチを見つける際の目印となるでしょう。なお階段の途中には堅牢なゲートが建てられており、時間外はこのゲートがキッチリと施錠されるようです。
階段をどんどん下りてゆきますが、その途中にも料金を支払うよう注意喚起する看板が立てられていました。
階段を下りきったところにある、猫の額の如き狭い一角に建つ青いトタン屋根が、今回の目的地であります。浴場手前の空き地に見える、屋根掛けされた小さな設備は浴場に引かれている源泉井かな。
峡谷の底にひっそりと佇むささやかな湯小屋ですが、歴史ある温泉地らしく、正面には「名湯 瀬古の大湯」と揮毫された立派な扁額が掛けられていました。自分で名湯と言い切っちゃっているところが潔いですね。ところで拙ブログのタイトルでは「世古の大湯」と「世」の字で表記しましたが、この扁額では「瀬」の字になっています。同音異義語だらけの日本語においては、地名ですら一箇所に対して数通りの漢字を宛ててしまう例がよく見られますから(例えば伊豆の修善寺と修禅寺、大阪の阿倍野と阿部野など)、扁額の表記もその典型例といえるでしょうけど、ここで試しに「瀬古の大湯」でググッてみますと検索結果は約1100件、同様に「世古の大湯」では約1700件となり、少なくともグーグルさんの世界においては「世」の字に軍配が上がっております(2014年2月上旬現在)。また浴場名の由来となっている峡谷の名前は「世古峡」であり、「世」の字の方が固有名詞として確立していると言えそうです。従いまして、この記事では「世古の大湯」表記で統一してゆきます。
男女別に入口が分かれており、手前側は男湯です。二つの入口の間には料金を入れる赤いポストが括りつけられており、当然ながら入室前にそちらへ100円を納めるわけですが、ドアのガラスにも料金支払い喚起の注意書きが貼りだされていました。どうやら無銭入浴が後を絶たないらしく、そこに記されている「支払いは最低限のマナーです」という残念な言葉が、地元の方の無念さを伝えていました。
それどころか、入り口の周囲には、ニャンコの瞳や子供の眼差しを大きく印刷したポスターまで貼りだされており、眼光炯々と不埒な輩を牽制していました(画像一部加工済み)。それにしても僅か100円を惜しむだなんて、余程の吝嗇家ですね。こうした有象無象が発生してしまうのは、膨大な人口を擁する関東圏の宿痾なのかもしれません。
いかにも共同浴場らしく脱衣室は至って質素で、棚や腰掛けがあるばかり。ありがたいことに団扇が用意されているので、湯上りの火照った体を冷ましたいときには大いに役立ちます。きっと日常的にこのお風呂を使う方々が寄付してくださったのでしょうね。
昭和の風情を強く漂わせる浴室は、壁はモルタルの白いペンキ塗り、床は補修した跡が目立つ細かなタイル貼り、浴槽はスカイブルーのタイル貼りです。世古峡の渓流に面している窓から燦々と陽光が降り注いでおり、壁の白さや浴槽の水色が外光のお蔭でより際立ち、峡谷の底に位置していることを忘れてしまうほど、明るさに満ち溢れていました。とはいえ、いくら明るいとは言ってもご覧のように造りは古く、洗い場にはお湯(源泉)が出る押しバネ式の水栓しかありません(水の蛇口もあるのですが、この時はコックを開けても水が出てきませんでした)。
浴槽は二分割されており、窓に向かって右側は2人サイズで適温(42~3℃)、左側は3人サイズで結構熱め。源泉はまず左側の槽に注がれ、そこから右側へと流れて、右側槽の切り欠けから床へ溢れ出ています。源泉を投入する配管は湯面下へ潜っていますが、その配管がお湯と接するライン上には、トゲトゲ&ブツブツの硫酸塩の白い析出がこびりついていました。また下向きの配管からお湯が吐出される先の底タイルは、熱さのためか、焼けてオレンジ色に変色していました。
お湯は中伊豆エリアの温泉らしい無色澄明の硫酸塩泉でして、入りしなにはピリっとした微かな刺激が脛をくすぐり、湯船に浸かりながら腕でお湯を掻くとトロミが纏わり、その腕を撫でるとキシキシとした引っかかる感触が伝わってきます。湯面からはふんわりとした石膏臭が漂い、弱石膏味に仄かな芒硝味、そしてほんのりとした甘みが感じられました。また、完全掛け流しの湯使いであり、源泉から近いだけあって、キリっとした鮮度感が全身で楽しめました。特に湯口のお湯を直接受ける左側の熱い浴槽では鮮度感がはっきりしており、全身茹で上がっちゃうのを覚悟の上で、この時の私はひたすら熱い浴槽に浸かり続けていました。そして案の定、逆上せあがってヘロヘロになり、脱衣室の団扇を扇いで体の冷却につとめたのでありました。良質なお湯だから保温効果も高く、なかなかクールダウンできないんだな…。ま、私のマヌケな体験談はともかく、こんな素晴らしいお湯を僅か100円で堪能できるのですから有難いじゃありませんか。是非外来客の方には無銭入浴などせずに湯あみを楽しんでいただきたいものですね。
瀬古の共同湯 湯ヶ島5号
カルシウム・ナトリウム-硫酸塩温泉 46.9℃ pH7.9 17.1L/min(自然湧出) 溶存物質1.307g/kg 成分総計1.314g/kg
Na+:185.0mg(43.89mval%), Ca++:200.9mg(54.63mval%),
Cl-:41.3mg(6.39mval%), SO4--:800.9mg(91.85mval%), HCO3-:19.6mg(1.76mval%),
H2SiO3:50.4mg, CO2:7.1mg,
(※分析表におけるセコの表記は「瀬古」となっています)
静岡県伊豆市湯ヶ島某所 (地図による場所の特定は控えさせていただきます)
11:00~21:00
100円
備品類なし
私の好み:★★