長門湯本温泉の外湯には前回記事で取り上げた
「恩湯」のほか、もうひとつ「礼湯」もありますので、そちらにも入ってみることにしました。
●礼湯
「恩湯」の左脇から伸びる狭い路地を入り、坂道を上がって数十メートル進んだ右手に建つ公民館のような佇まいの建物が「礼湯」。浴場そのものは古くからあるそうですが、現在の建物は平成14年に改築された比較的新しいもの。改築に際してはバリアフリー化を図ったそうですが、ここに来るまで急な坂を登らねばならないため、その設計がどれだけ役に立っているのかはよくわかりません。
限られた敷地内に建てられているため、全体的にコンパクト。玄関の券売機で湯銭を支払い、番台のおばちゃんに券を渡して脱衣室へ。
外観から受ける予想の通りに浴室もコンパクトで、床面積としては「恩湯」の半分もないかもしれませんが、グレーのタイルと木材を用いることによって、和の落ち着いた趣きを醸し出していました。また感覚的な狭さを払拭すべく大きな窓が用いられており、たしかにこの窓によって実際の床面積以上の広さを感じることができました。
室内には浴槽がひとつ設けられており、その左手に洗い場が配置されています。洗い場にはシャワー付きカランが計6基並んでいました。浴槽はグレーの御影石板張りで、大きさは(目測で)2m×3mの5~6人サイズ。「恩湯」ほどではありませんが、こちらも一般的なお風呂に比べて深い作りになっており、身長165cmの私が浴槽内で直立すると臍下まで浸かる水深があるので、もし底にお尻をついて入浴しようとすると頭まで潜ってしまいます。このため槽内のステップに腰掛けるか中腰で入浴することになります。
湯口から注がれるお湯は無色透明の適温湯で、長門湯本らしいトロミを伴うツルツルスベスベの滑らかな浴感が大変気持ち良いのですが、味や匂いは特に感じられず、「恩湯」に比べると物足りなさを覚えてしまいます。館内に掲示されている平成21年の分析書によれば市有3号泉という源泉らしいのですが、分析書と並んで掲示されている平成17年の書類には、源泉名として「礼湯泉・湯本温泉混合泉」と記されており、どちらが正しいのかよくわかりません。湯使いに関しては状況に応じて加温や加水を行なっており、また塩素系薬剤や光繊維モジュール装置による消毒も実施されているようです。しかし私が入浴した時には特に消毒臭などは気になりませんでしたし、お湯を循環させない放流式であるため、お湯の鮮度感はまずまずであり、浴槽縁の切り欠けからしっかりとオーバーフローしていました。
湯口の上には2つの注意書きが括り付けられており、ひとつは「温泉水は飲料用ではありませんので口に入れないでください」というもので、この手の注意なら他の浴場でもよく見られますが、もうひとつがちょっと普通ではないのです。「目を洗わないでください」と書かれているのですが、普通に考えたら公衆浴場のお湯で目を洗う人なんていませんよね。敢えてそのことを喚起するということは、かつてこの浴場では目を洗うことによって何らかの効能があったのかもしれず、その名残なのかもしれませんね。
長門市有3号泉
アルカリ性単純温泉 38.2℃ pH9.66 溶存物質0.179g/kg 成分総計0.179g/kg
Na+:46.88mg,
Cl-:12.22mg, SO4--:12.81mg, HS-:1.47mg, CO3--:36.37mg,
H2SiO3:58.11mg,
(平成21年1月26日)
加水あり(入浴に適した温度に保つため)
加温あり(入浴に適した温度とするため)
消毒あり(衛生管理のため塩素系薬剤や光繊維モジュール装置を使用)
JR美祢線・長門湯本駅より徒歩10分強
山口県長門市深川湯本2264
地図
0837-25-3041
9:00~21:00 第三火曜定休
200円
私の好み:★★
●足湯、温泉街
風呂上がりにクールダウンを兼ねて、音信川に沿って両岸に伸びる温泉街をぶらぶら散歩することにしました。
温泉街から川下へ進んだところに、大きな排気筒を擁する武骨な建物を発見。ドアの横には「湯本温泉配湯施設」と記されていました。複数の源泉から集めたお湯をここで加温し、各旅館へ配湯しているのでしょう。
配湯施設から「せせらぎ橋」という人道橋で対岸(左岸)へ渡ると広い公園があり、その一角には日本庭園風の池が設えられていました。温泉街という場所柄、露天風呂かと思いきや、なんと足湯でした。随分大きな足湯ですね。
池のような足湯がある河川公園から川を遡り、「恩湯」の前まで戻ってきました。「恩湯」の左脇には「礼湯」へつながる路地が伸びており、さらにその左手には公衆浴場利用客用の駐車場が用意されているのですが、駐車場の山側(東側)には雑草が生えるばかりで何もない空き地が広がっていました。おそらくここには廃業して解体された旅館の跡地なのでしょう。空き地のままにしておくのは景観上宜しくないと思ったのか、空き地の奥には巨大な絵馬の看板が立てられていたのですが、果たしてこの空き地に再び建物が建つ日はやってくるのでしょうか。
「恩湯」と「礼湯」を結ぶ路地沿いに、昭和の香りを強く放つ看板を発見。小さな屋根がつけられた行灯のようなその看板には「やきとり 気はらし」「焼とり おけい」と書かれており、かつては赤提灯の類の店であったことが推測されます。ちょうど住吉神社の階段の真下に位置しているので、門前の茶屋みたいな感じだったのかもしれませんが、いまは固く戸を閉ざしていました。
「礼湯」の手前にある「利重旅館」は、昔ながらの佇まいと掛け流しのお風呂で温泉ファンから評価されているお宿です。この宿にも泊まってみたかったなぁ。
さらに川を遡ると、川岸にも足湯が設けられていました。でも使っている人はおらず、温泉がただただ垂れ流されているばかりでした。あぁ、もったいない。また、この足湯の対岸にも旅館跡地の空き地が広がっており、当地では大規模化した旅館が次々と廃業していったことが窺えました。全国津々浦々、どこの温泉街も斜陽ですが、長門湯本もその典型なんですね。
長門湯本の温泉街にコンビニはありません。公衆浴場の風呂上がりに飲む缶ビールを買うべく、「恩湯」の対岸にある酒屋さんを訪ねたら、驚くべきものと出会ったのです。
おじいさんが店番をしているその酒屋さんは、いかにも昭和の食料品店といった万屋的な品揃えで、お酒や食料品のみならず、ご当地の土産物なども陳列されていたのですが、そんな店内の片隅に、なんとプッチモニやタンポポといった懐かしいハロプロのうちわが立てられていたのです。しかもちゃんと値札がついているではありませんか。つまり、これらのうちわは、れっきとした商品なのです。彼女たちが脚光を浴びていたのは、ミレニアムという言葉が世間で聞かれた2000年頃ですから、少なくとも15年以上、お店の中で置かれ続けていたことになります。2016年だというのに、まさかそんな物が商品になっているとは想像だにしませんでした。ここだけ時間が止まっているようです。温泉街をひと通り歩いて、鄙びた寂しい空気をひしひしと体感してきた私にとって、この2枚のうちわは、そんな温泉街の現状を象徴するような光景に感じられました。
さて、このように時空の流れが遅れている長門湯本温泉ですが、いよいよ時計の針が大きく動き始めようとしています。その流れのひとつは、前回記事で触れた当地のシンボル「恩湯」のリニューアルですが、もうひとつは星野リゾートの参入です。旅館跡地に星野リゾートが運営する高級リゾートを新設し、それに合わせて温泉街全体も再生させるんだとか。2016年12月にこの長門湯本で開催された日露首脳会談では、気の毒なほどに地元の熱気が空まわりしていましたが、大きな資本の到来により大鉈がふるわれ、いまのような寂寥感の濃い街並みも過去の想い出となるのかもしれません。
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