働きすぎという感覚は、我々の常識の中に「私生活」という観念がもぐりこんで以来生じた違和感だと思います。「私生活」という考え方のなかった時代、それがどのようなものであるか想像することは予想外に難しいでしょうが、人々は自分が働きすぎだと思うことはなかった。日曜日もなければ休日もなかった。疲れたり休息したりはあったろうが、働いている、という感覚すら、現代の我々のものとは異なっていた。働くことが、すなわちそのまま過不足なく、生きることに重なっていた時代のことです。
goo blog お知らせ
最新記事
カテゴリー
カレンダー
バックナンバー
ブックマーク
- あ、これ。
- 当ブログ掲載ものからの作品集です。
- 私設 松本観光案内所
- overthejigenの副職です。
- しかしもかかしもない。
- 友人屯田八郎さん。本業は趣味人。
- Death and Live
- 書き手のzooquieさんはこのブログの後見人です。