た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

NYの終わり(五日目)

2008年04月07日 | essay
 私は空港が好きである。人々が目的を持って行き交っている。目的にうきうきしている。旅。完全には前もって計画しえない目的。偶然を受け入れる素地がそこにはある。

 NY近郊のラガーディア空港には三時間も早く到着した。三時間早く行けと旅の冊子に書いてあったから、私のせっかちのせいではない。当然ながら時間を持て余し、土産物の買い物を予定以上に済ませ、朝食を摂ったところで、行きの便で知り合った女の子二人組に邂逅した。「それってWhat'sって感じ」の二人組みである。私が立ち上がって声をかけ、彼女たちが振り返った。われわれは共に驚き合った。彼女たち二人はこの偶然の再会を驚くあまり、警戒すらしていたように思う。私に対して。行きの便では見なかった兆候である。
 え、あの、まさかまた会えるなんて。すごいよね。
 よね。
 私は二人に尋ねた。「こちらもそうだよ。どうだった? ナイアガラの滝とか」
 ええ。よかったですよ。そう・・・疲れましたけど。
 疲れたよね。
 私はうなずいた。そりゃ疲れるよ。旅は疲れる。そうやって人を少しずつ変えていくものだよ。そう言おうとしたが、うなずくだけで止しておいた。知ったようなことは言えない。私が何をわかっているわけでもなく、そもそも今回の小さな旅で自分がどれだけ変わったかすらわからないのだから。たとえ私の目で、彼女たちの何かが確実に変わって見えたとしても。

 二人組と別れ、待合の座席に腰かけたら、隣は犬と一緒に旅行中の夫人であった。お喋り好きなこの夫人と、おそらく私は今回の旅で一番長く英会話をした。どちらが先に話しかけたか定かではない。バッグから頭を覗かせた黒いダックスフンドがわれわれの会話を取り持ったのは確かである。飛行機の便が遅れたことも作用して、われわれは二時間くらい、ぽつりぽつりと会話を続けた。

 「彼ですか。彼女ですか」
 「彼女なの。いい子、大人しくしてなさい。彼女、何だかあなたのことが気になるみたいね」
 「光栄だなあ。ええと、よしよし。君の名前は?」

 しばらく前からわれわれ──というより、われわれの話題の中心にいるダックスフンドをじっと見ていた青年が、本を閉じ、座席を立って近寄ってきた。「彼女」の頭を撫でながら、本を読んできた姿からは想像できないほど多弁に、犬について語り始める。ぼくも飼っているんです。二頭ほど。いや、テリアだけど。ぼくの叔父がとっても犬好きで・・・。
 トランクを曳いた通りがかりの婦人が、バッグから頭だけ出して鼻をひくつかせている「彼女」に目を丸める。
 まあ、とっても賢そうな旅のお連れね・・・。

 動物は人間を解放するのだなあと感心していたら、搭乗のアナウンスが聞こえてきた。
私は、私のひどい英語に寛容であった夫人に別れを告げ、飛行機に乗り込んだ。 
 
      ☆

 旅は終わるまで続く。
 飛行機が成田に着き、成田から信州に戻る高速バスの中で、韓国からの若い留学生の女の子と同席した。最初は日本人かと誤解したほど日本語が流暢である。

 日本のことをもっともっと知りたいです。

 あなたなら滞在中に日本のいろんなことを深く知ることができるだろうし、あなたが知った日本について、ぜひわれわれ日本人に教えてほしいと、私は答えた。ああ、自己満足の旅人よ。そこには幾ばくかの偽善が含まれていたに違いない。なぜなら後々彼女に教えを請う機会など、少なくとも私に関してあるはずがないからである。旅は人の出会いと別れを大変便利にも短縮する。

 それでも私は、この旅で私を自覚なしに啓蒙してくれた彼ら(一週間足らずの旅で出会った彼ら!)のことを忘れはしない。確かに旅は終わった。速やかに日常は回復した。忘れない、と豪語する端から、忘れないために彼らのことを必死で書き付けている私がここにいる。それはそれで仕方ない。構わないではないか、否応無く彼らの輝きについて忘れかけたころ、唯々諾々! 私はまた、空港に向かおう。

 (終わり)
コメント
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