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火炎少女ヒロコ 第三話(草稿) ~15~

2015年09月15日 | 連続物語

 ヒロコは立ち上がった。拳を握り、目を見開き、意識を集中した。
 青空。
 迫りくる敵機から伝わる、蜂の大群のようなうなり。先ほどと同じであった。何一つ変化がない。変化のないことが、異変を告げていた。ヒロコは焦り、再度意識を集中した。しかし変わりはなかった。彼女がどれだけ念じても、敵機は一台も燃え上がらなかった。何度か悪夢で見た光景のような気がした。まさか、とヒロコが愕然とした瞬間、今まで感じたこともない、まるで津波に呑み込まれるような猛烈なエネルギーを彼女は浴びた。あまりの衝撃に彼女は悲鳴を上げて悶絶し、胃液を吐き出した。
 <何? 何これ? 私より────私より遥かに強い力だわ!>
 部隊全体に動揺が走った。人々は騒ぎ始めた。アブドゥル=ラフマーンは汗を浮かべ、椅子に倒れ込んだヒロコの肩を支えた。
 『どうした。ヒロコ。何が起こった』
 『でき、できない・・・・強力な・・・ずっと強力な・・・』
 『効かないのか』
 『できない・・・』
 <そうよ。やっぱり平和が一番いいのに、私はいったい何をしようとしたんだろう>
 いよいよ近づいてきた何十台もの敵機を見上げながら、ヒロコは呆然と、この緊急事態にそぐわない思いにとらわれていた。
 <普通に食べて、普通に過ごして・・・もう遅いかしら。なんで勝てる、なんて思ったんだろう。勝てると思っていたのかしら。ああ。決まりきっているわ。平和が一番じゃない。すごい数の飛行機。殺しに来たのね。私たちみんな、殺されるのよ。死ぬときって苦しむのかしら。来ないで。お願いだから来ないで。もうあんな近くまで・・・・駄目よ。逃げられない。私、たくさん燃やしてきたから、今度は燃やされるのよ、もちろん。全部、全部私のせいよ。もうすべて遅いわ>
 一方、はるか上空から高度を下げつつある編隊の中心には、四機ほど横に連なって飛ぶF15戦闘機があった。カワセミのくちばしのように鋭く尖った機体。それぞれのコクピットの後部座席には、さまざまな肌の色を持つ特殊能力者たちが搭乗していた。彼らは互いに離れていても意識を連携させ、目に見えない巨大なオーラを形作っていた。
 金髪、長身の男、ダスティン。米軍で訓練を受けた特殊能力者である。
 黒髪に褐色の肌、淡緑色の瞳を持つ女、スシーラ。インド生まれイギリス育ちの特殊能力者である。
 縮れ毛に広い額、丸縁眼鏡をかけたユダヤ人男性、イツハク。体全体を小刻みに震わせてオーラを出している。
 長い巻き毛に吹き出物の多い顔をした、混血の中年女性、アレクサンドラ。四人の中で最年長である。米軍で訓練を受け、今回の合同作戦ではリーダーを務める。
 彼女が心から心へと、他の三名に語りかける。
 <今のところヒロコの能力を防ぐことに成功。爆撃開始一分前。各機展開後もこのままシールドをかけ続けること。大丈夫。大したことないわ>
 彼女は鼻で吐息をついて、目を細めた。
 <可愛そうに。あの子、芸をきちんと仕込まれないうちに見世物に出されたのよ>
 コクピットの偏光ガラスに、美しい曲線を描いて地平線が映る。
 それから、不毛の大地。そこに寄せ集まった、ゴミのような集団。
 アレクサンドラは声を出した。声を出すこと自体好まないような、ひどく冷めた声だった。
 『攻撃開始』
 次の瞬間、シリア砂漠を覆う蒼穹に、矢のような火花が走った。
 空気をつんざく音。地響きがして、アル・イルハム側に唯一あったスカッドミサイルが激しい衝撃音とともに高々と黒煙を上げた。
 鋭い擦過音が次々と繰り出された。まるでロケット花火である。あちこちで爆発音とともに砂塵が高く舞い上がる。大地にねじ込まれるような悲鳴が溢れ、人々は逃げ惑った。
 地上では戦車やカノン砲で応戦したが、とても太刀打ちできる相手ではなかった。まるで、蟻の群れが潰されるように、ベドウィンの兵士たちは次々と倒れていった。
 一頭のラクダが燃上しながらいななき、崩れ落ちた。
 死者の流した血は砂漠に浸み込み、すぐに乾いた。
 ベドウィンたちは大混乱に陥った。轟音を上げて飛び交う機影の下で、人々は右往左往し、逃げ惑い、呪いの言葉や悲痛な叫び声が岩山まで響き渡った。
 呆然自失のヒロコの手を取る者がいた。病的なまでにぎらぎらとした目で彼女を見つめる。シャイフのアブドゥル=ラフマーンである。
 『逃げるぞ』

 (つづく)


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