た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

是々日々(5)

2017年02月06日 | essay

  曇天から思い出したように雨。いっとき雪に変わったが、昼過ぎにまた小雨に戻った。

  古いアパートの階段をやっとの思いで降りてきた老人が、杖をつきながら、よたよたと道を行く。杖とがに股の足が二本、計三本でなんとか体を支えているが、三本がバラバラに動くので、一見どこに向かっているんだかわからない。だが一応、体は近所の惣菜屋を目指している。いつもの時間に、いつもの場所でわずかな買い物を済ませ、またよたよたと戻り、やっとの思いで階段を上って消えていく。これが彼の一日の仕事である。身内はいない。話し相手もない。ときどき市の職員が声を掛けに来る。デイサービスがやってくることもある。デイサービスにはやたら声のでかい、なんだかとても親しげに話しかける女性がいる。老人はぼそぼそと彼女に受け答えする。往診医みたいな人がやってくることもある。

  雨はいつの間にか止んだ。夕焼けが通りに淡い影をつけた。

  ストーブの前で、こつ、こつ、という老人の杖の音に耳を澄ます。

  生きることは、老いることか。老いることのみが、生きることか。どう生きるかという問題と、どう老いるかという問題は、同じなのか、否か。違うとすれば、どちらがより難しいのか。

  人は、何を繰り返して生き、そして老いていくのか。

  そんなことを考えた。

  ストーブが灯油を呑み込む音。

 

 

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