我が耳を疑う。やはり底抜けの無能ポリ公だったか。何故ここに来て自殺の可能性を誰何するのだ、美咲たちの願うところではないか。と私は一旦憤慨したが、奴の目を見て即座に考えを改めた。いや。間抜けの目ではない。二人の女を冷徹に観察している。獲物を狙う猛禽類の目である。鎌をかけて、彼女たちの出方を探っているのだ。間違いない。この男は、私が殺されたことに一抹の疑念も抱いていない。
妻もそれを感じ取ったか。すぐに口車には乗らない。逡巡した表情を隠すように俯いた。細い目は見開いて床を見つめている。
事実を知る者と事実を探る者が、お互い抜き差しならない袋小路で対峙している。
相手の表情を観察するにはあまりに薄暗いと感じたのか、警部は天井の蛍光灯から垂れ下がる紐に手を伸ばした。
空気が動いた。意を決したように美咲が顔を上げた。口をついて出た言葉は、意外なことに、警部の質問とまったく無関係なものであった。
「思い出しました」
蛍光灯の明かりが点いたのと、その台詞とは同時であった。
「何でしょう」
「二ヶ月ほど前にこの部屋に入った、もう一人の人物です」
「はあ」
「若い女子学生さんです」
大仁田が喉の掠れるような音を立てた。動揺している。それを隠そうとして視線をさ迷わせている。
警部は眉をひそめた。
「ご主人に会いに来たのですか」
「わかりません。主人が留守のときに来たのです」
手帳を滑る警部のペンの音が止まった。
「留守のときに」
(つづく)
妻もそれを感じ取ったか。すぐに口車には乗らない。逡巡した表情を隠すように俯いた。細い目は見開いて床を見つめている。
事実を知る者と事実を探る者が、お互い抜き差しならない袋小路で対峙している。
相手の表情を観察するにはあまりに薄暗いと感じたのか、警部は天井の蛍光灯から垂れ下がる紐に手を伸ばした。
空気が動いた。意を決したように美咲が顔を上げた。口をついて出た言葉は、意外なことに、警部の質問とまったく無関係なものであった。
「思い出しました」
蛍光灯の明かりが点いたのと、その台詞とは同時であった。
「何でしょう」
「二ヶ月ほど前にこの部屋に入った、もう一人の人物です」
「はあ」
「若い女子学生さんです」
大仁田が喉の掠れるような音を立てた。動揺している。それを隠そうとして視線をさ迷わせている。
警部は眉をひそめた。
「ご主人に会いに来たのですか」
「わかりません。主人が留守のときに来たのです」
手帳を滑る警部のペンの音が止まった。
「留守のときに」
(つづく)
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