東京の夕暮れは短い。ビルの谷間に巣食う人々は、空気の質感で日が没したことを悟る。宵になると、空気がしっとりと湿り気を帯びて重くなるのだ。
電車の響きが微かに部屋の片隅の柱に伝わる。その柱に背中を凭れかけ、足を畳の上に投げ出し、抜け殻のように呆然と畳を見つめている女がいる。色褪せた上下のトレーナー。男の子のように短く切った黒髪。痩せこけた頬。髪形のせいで別人に見えるが、ヒロコである。
彼女は死んだように身動き一つしない。二重瞼が重い。感情がない。立膝に乗せた左腕の、その指先まで、ピクリとも動かない。
窓の向こうから、街宣車の流す行進曲が聞こえてきた。
それでもヒロコは動かない。
八畳の部屋は家具らしい家具が一切なく、がらんどうとしている。ヒロコはその片隅の柱に背を凭れかけて動かない。まだ四時前なのに薄暗い。
階段を上がってくる靴音。途端に、ヒロコの目に生気が戻った。
喜びに頬が輝く。しかし瞳は当惑に震えている。彼女は興奮し、同時に怯えた。まるで待ち人の来訪を予期していなかったかのように、彼女は慌てふためいた。
玄関の呼び出しブザーが三度、続けて鳴った。一度目のブザー音が鳴り終わった時には、もうヒロコは玄関に駆け寄っていた。
彼女に出迎えられたのは、大きく膨らんだ買い物袋を両手に抱えた、若い男である。
短く切った髪に、不自然なほど大きなマスクをしている。マスクからはみ出た部分は、ほとんどが湿布で覆われている。湿布からもはみ出た部分にようやく見えるのは、赤紫色に腫れた火傷の跡。
ユウスケである。
(お久しぶりです。つづく、はず)
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