春の日差しはうららかである。忌中の屋根はその光を受け入れない。庭にはたんぽぽの綿毛が飛んでいる。忌中の壁はその風も通さない。手向けの紫煙が立ち昇るのは、一方で、その屋根と壁とが逃がさない。
坊主たちが再び何やら唱え始めたのは、焼香用のお経であろう。たとえ彼らが晩飯に食べたい料理の品目を唱えていても、誰にも気付かれまい。もちろん読経に熱心に耳を傾ける篤信家などいない。参列者の目下の関心は焼香の順番をスムーズに回すことにしかない。とにかく早く済ませようと心に決めている。ぞろぞろと無気力に列を成すところはどこか炊き出しの行列を思わせる。作法など望むべくもない。香を頭に押し頂く奴もいれば、押し頂かない奴もいる。どちらが正式なのか、実は私もわからない。ただ、手の埃を払い落とすように両手を擦り合わせた男子学生などは、明らかに誤りとわかる。あ奴留年させてやればよかった。香炉の上で指を擦りながら一粒の香も落ちてこない者もいた。そもそも摘んでいないのである。妹の由紀子に至っては、何を思ったか香を手の平に広げて匂いを嗅いだ。そして背後に並んでいた、今朝日本に着いたばかりの夫のジョージに向かって、これがお香よとばかりに手の平を見せ、それからようやく香炉の上で払い落とした。焼香もワインの試飲会程度に考えているのであろう。読経が、間の抜けた韻律でもって、彼らの無作法を水に流す。ああ、満足した死を迎えたければ、自分の葬式だけは見るものではない。
異変が起きたのは、焼香も終わりに近づいた頃であった。
(つづく)
坊主たちが再び何やら唱え始めたのは、焼香用のお経であろう。たとえ彼らが晩飯に食べたい料理の品目を唱えていても、誰にも気付かれまい。もちろん読経に熱心に耳を傾ける篤信家などいない。参列者の目下の関心は焼香の順番をスムーズに回すことにしかない。とにかく早く済ませようと心に決めている。ぞろぞろと無気力に列を成すところはどこか炊き出しの行列を思わせる。作法など望むべくもない。香を頭に押し頂く奴もいれば、押し頂かない奴もいる。どちらが正式なのか、実は私もわからない。ただ、手の埃を払い落とすように両手を擦り合わせた男子学生などは、明らかに誤りとわかる。あ奴留年させてやればよかった。香炉の上で指を擦りながら一粒の香も落ちてこない者もいた。そもそも摘んでいないのである。妹の由紀子に至っては、何を思ったか香を手の平に広げて匂いを嗅いだ。そして背後に並んでいた、今朝日本に着いたばかりの夫のジョージに向かって、これがお香よとばかりに手の平を見せ、それからようやく香炉の上で払い落とした。焼香もワインの試飲会程度に考えているのであろう。読経が、間の抜けた韻律でもって、彼らの無作法を水に流す。ああ、満足した死を迎えたければ、自分の葬式だけは見るものではない。
異変が起きたのは、焼香も終わりに近づいた頃であった。
(つづく)
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