た・たむ!

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藍染

2016年06月06日 | essay

 初めての喫茶店に飛び込んでみたら、民芸調の棚に藍染(あいぞめ)の作品が幾つか並べられていた。決して派手ではない。しっとりと心を落ち着かせる色合いである。訊けば、この街に唯一残った藍染職人の腕によるもので、その人が亡くなれば途絶えてしまう技術だという。

 その技術がまた壮絶で、染料を一定の温度に保つため、染料の入った甕(かめ)の横で寝起きするとか。とにかく休めない仕事だという。後継者が育たないわけである。

 その上、合成顔料を使用したインディゴブルーの席巻が、藍染の衰退に拍車をかけた。両者は色合いとしては似通っているが、藍染は天然素材だから使ううちに色褪せてくる。一方合成インディゴブルーで染め抜いた生地は、いつまで経っても色落ちない。

 「この色落ちしてきた風合いが藍染の魅力なんですがね」と白髭の店長。「それを魅力と思わない人にとっては、藍染なんて、と思うでしょうね」

 話を聞くうちに興味を覚え、コースターを一つ買い求める。少々高めだったが、やがて無くなる技術と思うと相応の値段であろう。ちょうど、職場で茶を飲むときの敷物に困っていたところだった。私も吝嗇(りんしょく)だから、今までは反故紙などを適当に畳んで敷いて使っていた。

 翌日出勤して、早速茶を淹れ、湯呑みを置いてみる。何ともこれがしっくりくる。藍染の柄は決して主張しない。それが湯呑みの釉(うわぐすり)の艶を引き立てる。反故紙などよりはよっぽどいい。

 たかだかコースター一枚だが、おかげで随分豊かな心持ちになった。

 

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