築地書館発行の『滅びゆく日本の植物50種』に「危急種 ハヤチネウスユキソウ(早池峰薄雪草)」が掲載されています。
和名は、早池峰山にある薄雪草の意である。薄雪草は、葉の表面を覆う白い綿毛を雪に見立てたものである。茎の上部の葉ほど白さが鮮やかな雪白なので、うっすらと降り積もった雪景色を連想させる。
早池峰山は岩手県のほぼ中央に位置する北上山地の主峰で、古来から周辺住民のあこがれの霊峰である。その北斜面の植生帯は山麓のヒノキアスナロを主とする産地帯から、アオモリトドマツを主とする亜高山帯を経て、ハイマツを主とする高山帯へと移行する。いっぽう、南斜面ではアオモリトドマツとダケカンバの混交林をぬけると、中腹から山頂にかけて崩壊性の裸地が広がるとともに、ハイマツ群落の疎生する高山帯となる。
蛇紋岩やかんらん岩の露出する南斜面には本州中部山岳の高山帯や北海道の高山帯に生育している多くの高山植物がみられる。ヨーロッパアルプスの名花エーデルワイスによく似ているといわれるハヤチネウスユキソウは、まさにこの斜面にのみ生育するキク科の多年生草本である。なお、北海道後志(しりべし)の大平山の石灰岩地帯で発見された薄雪草はオオヒラウスユキソウと命名されている。ハヤチネウスユキソウの変種とする意見と同種とする意見がある。
密に集合した頭花群の基部には星状に射出する10個内外の苞葉がある。この
苞葉の表面には白い綿毛が密生するので、あたかも大輪の白い花が咲いているように見える。急峻な登山路に肩の荷物の重みを感じるころ、ハヤチネウスユキソウを目前にしてその柔らかな雰囲気が疲れを癒やしてくれたのを思い出す。
似たような経験は木曽駒ケ岳のヒメウスユキソウや八方(はっぽう)尾根のミネウスユキソウとの出合いにもあった。出合いの記念に一本と考える人が次第に増えて、登山路周辺のハヤチネウスユキソウは年々姿を消していく。
中国中南部からネパールヒマラヤを中心としたユーラシア大陸の高山帯にこの仲間が50種ほど数えられている。西端のヨーロッパにはエーデルワイスがただ一種、東端の日本や樺太には数種が分布しているものの、いずれも遺存的な存在でしかない。
数ある植物のなかには、耕地雑草のように抜いても抜いても生えてくる種がある一方で、目前に消えていく種がある。環境の変化を察知して移動することのできる動物と異なり、植物は環境の変化のなかで、耐えられたものだけが生き続けてきたといっても言い過ぎではない。とくに遺存的な存在となった種群は、微妙な環境の変化にも耐えることができない。遅かれ早かれ、自然のなかで消えていく運命にあるともいえる種の運命を、人の手で早めることだけは厳に慎みたいものである。(小山博滋)