(続き)
昨日、牡蠣鍋食べながら「マエストロ」観ました。西田敏行さんマエストロ。
これ、ご覧になった方いらっしゃるかなあ?
ネタバレちょっと入りますけど、
たった一人の人のために演奏する…私はこれが究極と思っていて、
そんな歌い手になりたいと思っている私にとって、この作品はツボでした。
ヴォーカルの生徒さんだった鈴木一也さんが亡くなってもうすぐ4年。
彼が私のところに初めて来たとき、体験レッスンのあと、癌に冒されて、余命を宣告されているとお聞きしました。
彼は身寄りがなく、私は彼に付き添い、看取りに関わることになりました。
当時私はクリスチャンではなかったけど、彼の病状が深刻になってきたとき、付き添い行った折、彼の死生観などお聞きして、お葬式はどうするの?…な話になり、洗礼を受けて、クリスチャンになったらどうか…と勧めたところ、彼はすんなりと受け入れました。
そうは言っても、「はい、それはよかった。ではすぐに!」という訳にはいかず…
日程の調整なども、クリスマス前の忙しい時期、大変でした。
日程調整中に、私の父も亡くなったのでした。
病室で行われた洗礼式には私も立ち会いました。
そこで、賛美歌を歌いました。
当日、事前に牧師先生から、譜面をいただいていました。
キリスト教の「洗礼」というものをなにも知らない私は、
病室で行われる洗礼でも賛美歌を歌うのか…と、その他にも、なにもかもが未知の世界でした。
しかも、牧師先生からいただいた賛美歌の譜面は、「I Will Run To You」(日本語訳)。
トラディショナルなものでなく、「ワーシップソング」といわれるもので、調号(♭)がたくさんついていて、譜読み、結構苦労しました。
「ワーシップソング」とは、「天使にラヴソング」の中で歌われているような、コンテンポラリーな賛美の歌です。
牧師生先生は、この曲を鈴木さんの洗礼式に選ばれたのです。
「私はあなたの御許へ走ってゆきます」
病院で、彼の付き添いの合い間に譜読みをして、こっそり小さく歌ってみました。
キーボードでもあれば、コード進行を確認できるのだけど、コード進行とメロディー、ちょっと凝った?曲だったのでした。
でも、私は彼の命がもう少しで終わるというときに、彼に歌を贈るのだという思いで、真剣でした。
人の命が終わろうとしているときに、彼のために譜読みをする…
これまでの人生にあり得ないシチュエーションです。
牧師先生は、病室にギターを持ち込み、洗礼式で、この曲を私と牧師先生ご夫妻の3人で演奏しました。
ほんとうは「賛美歌」とは、神さまに捧げる歌なのですが、そんな意識あまりなく、
とにかく、ひとりの人に歌を贈るということが、私にとって、すごく意味深く、素晴らしく、目覚めなのでした。
鈴木さんは、今思えば特別に、「許される」ことを待ち望んでいらして、洗礼のとき、細い細い糸のような涙を流されていました。
(涙腺から涙を出すのもこれが最後。このあと彼は自力で目を閉じることもできなくなります)
その翌日、神さまの御許へ帰っていかれました。
この出来事は、私のその後の音楽人生を変えるほどの経験でした。
実は、この時の演奏、私の中では満足できなかった。
音程とリズムはきちんととれていたはずなのですが、コード進行が頭に描いていたものと違って、えっ?こんな曲なん?? …な感じで、歌に集中できず、
歌いきった感ありませんでした。
私は歌が歌える。歌はいつでもどこでも歌える。
病床の父に歌ってあげたらよかった。どうしてそれを思いつかなかったんだろう?
そんないろんな思いを重ね。
悔いがあったから、完結せず、次へのベクトルとなりました。
私は、ステージでなく、ふつうの地面で歌いたいと思うようになってきました。
(まだつづく)