流砂のごとく
急いで事務室に戻ると、内務の総務主任が慌てたように立ち上がった。返還しておいた集金カードをめぐって何かの動きがあったらしい。
「吉村さん、遅いですよ」
「おお、こっちだって気になってるさ。だけど課長が放してくれないんで仕方がないんスよ」
言いながら壁の掛時計に目をやると、二時五十五分を指していた。吉村は思わずヒェ―ッと奇声を上げた。いままさに客の要請してきたタイムリミットを目前にしているではないか。
「少し前にポケベルで代理を呼んで持っていってもらいましたけど、すごい剣幕で怒ってましたよ」
「えっ、どっちが?」
「外務代理ですよ」
「へえ、仕事だからね・・・・」
契約募集の途中で急遽呼び戻された課長代理の仏頂面が目に浮かんだ。
いくら文句をいっても、緊急事態が起これば遊軍としてなんでも処理しなければならないのが彼の役目だ。ざまあみろという思いが口元に湧いて出た。
「毎月、あの弁当店には苦労させられますね」
三時までに来いとの電話を受けたのは内務の職員だから、われ関せずというわけにはいかない。楽に見えても、それなりにストレスはあるようだった。
保険課全体が引っ掻き回されて、無事集金が終わると一様に安堵するのが恒例になっていた。
どの集金区にも二、三箇所は神経をつかう客がいる。
時間がルーズなもの、掛け金が用意できないもの、そして意図的に意地悪を仕掛けるものなど、大別すると三つぐらいに分けられる。
いま渦中にある弁当業者は、集金困難度ランキングを付ければベストスリーに入るのではないかと吉村は考える。
掛け金のことで特に問題があるわけではないのに、わざと失効当日の集金を指定してきて担当者をてんてこ舞いさせるのだ。
何が原因なのか、仕返しをしているとしか思えない。担当者が変わるたびに嫌味をいい、通帳を出さずに仮領収証を書かせる。それもコンクリートの床を水がビシャビシャ流れる厨房で集金鞄を置く場所もない。
誰が行ってもこの調子だから、担当者はそろって敬遠する。
その気分が伝わって弁当業者側が余計に意固地になる。悪循環が断ち切られることなく、吉村の代まで引き継がれてきたようであった。
三時半過ぎに外から電話がかかってきたようだ。内務主任が吉村の方を見ながら手を振って合図している。ちょうど出かけようとしていた吉村を止めるためだった。
「いま課長代理から連絡があったんですが、どこの誰だか分からない人間にお金を渡すわけにはいかないと断られたそうです。名刺を出して吉村さんの代わりだからと説明しても、代わるなら代わるとあらかじめ挨拶すべきではないかと言い張って集金には応じなかったようです」
課長代理は、今日集金ができないと失効になるのに・・・・と強硬な態度に出て、「いいんですね」と念を押したそうだ。
「バカヤロー、帰れ!」
「こっちは最善の努力をしたんだから、失効したらお宅の責任ですよ」
負けずに捨て台詞を投げて出てきたようです。
逐一報告されても、頭を抱えるばかりだった。
あとの苦労など考えもしないから、客と簡単に喧嘩ができる。厄介者の弁当店一家よりも、自分勝手な課長代理に対する怒りが燃え上がった。
吉村は自分のロッカーから箱入りのタオルセットを取り出した。高額の契約者に渡すための謝礼用物品だった。とりあえずこれを持っていって頭を下げるしかあるまい。
時計を見ると三時四十五分になっている。活動できる時間はあと一時間しか残っていない。運河に近い弁当店まで大急ぎで駆けつけた。
「やあ、すいません、すいません。社長さんはお戻りでしょうか」
へこへこ頭を下げながら、顧客の事業所から回収してきた弁当箱を洗う女専務に近付く。
この太った専務は早い話が社長の奥さんで、他の従業員もみな同じような顔と体型をした三人姉妹の子供たちだった。
「何しに来た?」
敵意も露わな目つきをしている。
「いやあ、どうしてもぼくが来られない用事があって上司が伺ったんスが、なんだか失礼があったようで・・・・」
「失礼もへったくりもあるかい。うちのお父ちゃん、今度会ったらバッサリ捌いてやるって包丁研いでたんだからね」
まさかとは思うが、胸がどきんとした。
「それはちょっとご勘弁を・・・・。ぼくからもお詫びしますので、今日のご集金お願いできませんでしょうか」
言いながら持ってきたタオルセットの箱を専務の前に差し出した。
「なに、これ?」
「いや、大したものではありませんが、お使いになってください」
「そんなものよこしても、今はどうしようもないよ」
肘まであるゴム手袋の手で掴んで、ステンレス製の調理台の上に放り投げた。
吉村にとっては最上位ランクの勧奨物品だけに、ガタンと音を立てて危うく滑り落ちそうな位置で止まった高島屋の包装箱を目の当たりにして、一瞬血の気が引きかけた。
「社長のこと、帰るまでお待ちしてますよ」
慎重に言葉を選んだが、あまりの対応に怒りを超えて被虐的な笑いが込み上げてくる。
しかし笑ったら最後だから、堪えていると泣きたくなってきた。
「いいよ、父ちゃんは遅くなるからもう帰りな」
女専務が吉村を一瞥して断を下した。「・・・・オトシマエは課長代理とかいう奴につけさせるから、さっさと帰りな」
それ以上機嫌を損ねないうちに、弁当店を後にした。
集金はできなかったが、当初の険悪な空気が少し和らいだような気がした。
タオルセットを邪険に扱われたのは堪えたが、あからさまに突っ返されなかったことで若干恃むところが残った。
(失効させたら、本当に困るのは本人たちだ・・・・)
内心そう思っている。
課長代理のように、そのことを真っ向から客に突きつけたら怒るに決まっているが、ここまで続けてきた簡易保険が明日から効力を失うことになったら損をするのは弁当店の家族たちなのだ。
(親父が死んだら、女手ばかりでこの後どう生活していくというのだ・・・・)
担当者の自分がひたすら下手に出て謝り続ければ、最後の最後で損をしない方法を選びそうな気がしてきた。
局に戻った時点で四時四十五分だった。
集金カードを集計し、現金収納袋から小銭と札を取り出して照合する。新規契約があれば第一回預かり金として客からもらってきた金額が加算される。それらの現金を皿に載せて内務の窓口に提出する。
一方でカード枚数の確認をする。
持ち出した集金カードが一枚でも足りなければ亡失・紛失になるから、最も気を遣うところである。
ホッとするのも束の間、続いて契約申込書と手控え書類の整理がある。この日の吉村は新規契約どころの騒ぎではなかったから、その分の事務処理はなくて済んだ。
それでも終わったのは勤務終了時刻ギリギリだった。
外回りの仕事は、自分の裁量で自由に時間が使える利点があっていいのだが、一日の終了間際はいつも戦争である。
集金額が合わなければ何度でも計算し直して、過不足金額を確定しなければならない。
多すぎれば過剰金として項目を立て、足りなければ不足金として自腹を切って精算する。
過剰金は、後日お客さんからの申告があれば返還することもあるが、いったん計上した不足金は単なる計算違いであっても返されることはない。
定刻に集計が終わらないと、内務からは文句を言われ、おまけに損ばかりしていたのでは一日何をしてきたのかと暗澹たる気持ちになる。
吉村の経験だけでも、小銭大枚を含めて不足金を弁償したのがつごう三回に及んでいた。
唐崎と共に法人契約を専門にしていたころは、こんな苦労とは無縁だった。
将棋が縁で保険課への転属が適い、下積みの苦労もろくにしないで<職域センター>に抜擢されたことが、いまになってあだになっているとは意地でもおもいたくない。
時間いっぱいまで契約獲得に努力する姿勢が、事務処理に要する時間を縮めていることは自覚しているが、もろもろの事情から出来上がった習性はおいそれと変えることが難しかった。
定められた金額の釣銭は、前日からの繰越の形で釣銭袋に収めたまま鞄に入れてある。
同様にパンフレット、しおり、契約申込書、その他備え置きの書類を補充して鞄をロッカーに収納すると、やっと一日の勤務が終了することになる。
課長代理は、集金の一件で吉村に話しかけることはなかった。
吉村の方も、あえて課長代理に頭を下げる必要はあるまいと知らん振りを決め込んだ。
互いに事前に取り決めたことではないので、直接ことばを交わすほうが不自然だ。
吉村が集金の困難を内務に申し立て、内務に依頼された課長代理が代役を引き受けた。当然報告は内務に行なうべきだ。
首尾について吉村があれこれ意見をいう立場にはないということでもある。
なまじ善い人ぶって口を出したら、すべての責任を引っ被らされそうに思えたから、失効だろうが何だろうがこっちのせいではないと尻をまくっていた。
少しばかり気まずさが残ったが、その日はそれで終わるはずだった。
ところが、保険課外務員がほとんど事務室をあとにしたとき、課長と課長代理が立ち上がった。
吉村は、弁当店の集金がどうなったのか気になって帰りあぐねていた。
内務の総務主任から経緯を聞かされたあと、自分が訪れても集金できなかった。このままでは失効を免れない。最悪の状況は何ら変わらぬまま推移しているのではないか。
心配がつのって当の内務主任に確かめようとしたとき、察知して近付いてきた本人が吉村の耳元で囁いた。
「吉村さん、弁当店の保険料は近くの特定局で入金されたそうです。・・・・それより、もう帰ったほうがいいですよ。いまから鞄検査が始まりますから、いつまでも事務室に残っていると変に疑われたりしますから」
この男はいままでも、孤立無援の吉村をそれとなくサポートしてくれていた。この日も帰りそびれている吉村の心情を察して、いち早く情報を授けてくれたのだった。
「ありがとう」
会釈をして事務室をあとにした。
エレベーターで地下に降り、ロッカー室で着替えをした。久美が用意してくれた弁当の空き箱と着替えの下着が入ったショルダーバッグを担いで一階に上ると、いきなり見知った顔の男と鉢合わせした。
「おお、中島君じゃないか」
「いやあ、吉村さん、しばらくです」
「えっ、もしかして転勤?」
「はい、一週間前です。集配課は今回四人ほど出されました」
前の郵便局でよく将棋を教えた後輩が、こうして独り立ちして転勤をしてきている。吉村は自分もいつの間にか齢を重ねたことを実感した。
「みんな元気かな」
「ええ、ジョーさんはふるさとの三春へ総務主任で出て行きました。それと、保険課の蜂谷さんが課長で転出していきました」
「へえ、栄転か。やっぱり優秀なんだ」
吉村が転勤した翌年、中島は局内レクの将棋大会で蜂谷とぶつかり、コテンパンに負かされたのだという。
「強いだろう?」
「もちろん、蜂谷さんの優勝です。吉村さんのことを懐かしがっていましたよ」
吉村も楽しかった集配課時代のことをおもって、胸が熱くなるのを感じた。
頑張れよと激励して、中島と別れた。
知った者との会話がこれほど嬉しいとは、なかなか想像できなかった。このところの苛立つような日常のなかでは、疑うことが先に立って楽しさを引き寄せることができなかったが、中島との遭遇が吉村の気分を少し盛り立ててくれた。
ショルダーバックの中で、弁当箱がカタカタと音を立てた。
釣り船の見える土手沿いの道をたどっていると、あらためて弁当店の集金が無事に済んだ喜びが湧いてきた。
(失効にならなくてよかった・・・・)
来月もまた悩まされることになるのだろうが、運河沿いの特定局へこの日の保険料を納めてくれた誰かに感謝の気持ちすら抱いていた。
(社長だろうか、それとも・・・・)
吉村は顔も体もパンパンに張ったジャージー姿の女専務を思い浮かべていた。
郵便局に意地を張るのは、きっと何かの恨みがあるからだろう。
昔のことをほじくり返すつもりはないが、保険金の支払いがうまくなされなかったか、あるいは好からぬ外務員に勧誘されて不利な契約を結ばされたか、そのあたりだろうと推理した。
薔薇の包装紙のタオルセットが台から滑り落ちそうになったとき、一瞬揺れた女専務の視線を思い出していた。
あの時のゆれが特定局へ足を運ばせるきっかけになったのならいいなと、吉村は乗車駅の方向へ走り去る大音量の街宣車を見送りながらため息をついた。
翌朝、出勤すると外務員の鞄を収納するロッカーが封印されていた。昨日の鞄検査の結果が発表されるまで、誰も鞄に触ることは許されないのだ。
「吉村くん、ちょっと・・・・」
朝の訓示が終わると同時に、課長から声をかけられた。
つい今しがた検査結果の概評として、さしたる問題がなかったような表現をしていたので、吉村も緊張を緩めていたときだった。
「はい」
心臓がドキンと脈を打った。「・・・・何か?」
不安が気弱なことばを口にのぼらせた。
「うんうん、まあ大したことじゃないんだがね」
課長が席に戻りながら、吉村を手招きした。顔はあらぬ方向を向いているので判断を誤りそうになる。
だが、やはり自分が呼ばれた事実を捻じ曲げるわけにはいかなかった。
課長席の前にセットされたパイプ椅子に坐らされた。
この椅子は事あるごとに吉村を迎えた椅子だった。前課長の時代には、おおむね喜びと共に確かな感触を伝えてきた。尻に当たる硬めの弾力が自信と自戒をうながして、味方の頼もしさを感じさせてくれたものだった。
それが一転して、ビニール越しの薄いクッションが尻を圧迫する。パイプの太さまであからさまに太腿に食い込んでくる。血流を遮って吉村の不安を倍化させようと企んでいるようにすら感じられた。
「あのねえ」
課長が身を乗り出して囁いた。「・・・・キミの勧奨ツールを見させてもらったんだが、実によくできてるんで感心したんだよ」
吉村は、こうした課長の切り出しが不穏な前途を示唆することを、倉庫兼予備室でのやり取りで学んでいた。
「古いパンフレットをそのまま使って流れを組み立てて行く話法は、さすがだと思ったねえ」
一瞬、課長の視線が吉村の肢体を掃いたようにおもった。
そっと確かめると、上目遣いの角度がざわつく外務員の誰彼に向けられていた。
「たしか予定利率と間違うような配当の表示を自粛するように通達があったのは去年だったよねえ。パンフレットも新しく作りかえられて、古いものはすべて廃棄されたはずだ」
再び視線が吉村の上をよぎった。
「ところが、捨てないでまだ使っている者がいた。これって、まずいんじゃないかい?」
話の途中から指摘の事項は分かっていた。迂闊だったと悔やむ気持ちがつよかった。
「ああ、うっかりしてました。でも、新しいパンフの下になっていて実際に使ったことはないんスが・・・・」
言い訳が新たな攻撃の呼び水となった。
「泥棒がわたし泥棒しましたとはなかなか言わんものねえ。口ではなんとでもいえるが、事実としてキミの販売ツールに使用禁止のパンフレットが組み込まれていたことは認めてもらわんといかんよ」
吉村も目の前に出されたツールが自分の物であることを認めないわけにはいかなかった。
「課長代理!」
突然、課長が大声を張り上げた。「・・・・吉村くんが違法ツールの使用を白状した。すぐに例の医者のところに行って、旧パンフレットの使用状況を確認してくれ」
それまで吉村の背後で様子を窺っていたであろう代理が、のっそりと現れた。
「これですか、巧妙な紙芝居は・・・・」
透明ビニールに収めたパンフレットを数葉、わざとらしくめくってため息をついた。「しかし、借りていっていいのかな」
課長にとも、吉村にとも受け取れる問いかけを発して、返答を待った。
「いいよな? 灰色のままじゃどうしようもないもんな」
うながされた形で吉村は首を縦に振った。
「こんなことなら、院長夫人にさっさと謝ってしまえばいいのに。詫び状一本でどっちも円く収まるんだよ。まだ、間に合うかもしれんしなあ」
ここぞとばかりに落としにかかった。
吉村は一時の動揺を通り越して、不思議な静けさの中にいた。スイスへの新婚旅行の際、乗り継ぎのための香港啓徳空港で一度着陸に失敗し、旋回して再びビルの谷間に突っ込んでいくときの諦めに似た心境と同じ色をしていた。
乳色の靄のような空間の背後に、真珠の鈍い輝きに似た光が横たわっている。恐怖とは無縁の諦念が、むしろ喜びのように漂っていた。
(院長夫人が、ぼくの命運を握っているのかな)
そうであるのか、そうではないのか、もうどちらでもいいような明るさが戻ってきていた。
「課長、事実に即して好きなようにしてください」
静かに立ち上がった。もう自席に帰ってもいいかと、指示を仰ぐ姿勢をとった。
「今日は他人に集金させんようにな」
飛び切りの皮肉を言われて、吉村は解放された。
なんだか煮詰まった関係が可笑しかった。この先どんな展開が待っているのか分からないが、職場で起こる出来事については底が見えたような気がした。
職場の同僚は、吉村との接触をそれとなく避けているようにみえた。
かつて唐崎との華麗なコンビを羨望した分だけ、無視という手段で鬱憤晴らしをしないでは居られなかったのだろう。
その気持ちは、吉村にもよく解った。自分がその立場に置かれたとしたら、やはり落ち目になった人間を蔑むに違いないとおもった。
ただ、そうした気持ちの一部分に、課長や課長代理を怖れての日和見的態度があるとしたら、そのことが一番耐え難いと感じていた。
事実、上司が事務室を離れた隙に何やら味方めいたことばを掛ける者もいて、吉村をやりきれない気分にさせた。
(久美の腹も、だんだんでかくなってきたしなあ)
どういう脈絡があったのか、そんな呟きが頭の中で聴こえた。
子供ができてめでたい状況にありながら、本来安泰であるべき家庭環境が揺らいでいる。
集配課から保険課への転属を希望し、僥倖とも思える成り行きで転勤まで成し遂げたのに、郵政民営化という未曾有の流れの中で次第に居場所を狭められてきたというおもいがある。
すべてを組織の変動のせいにするつもりはないが、機関紙『郵政』に誇らしげに連載されてきた郵政史の痕跡が、わずかな歳月で色あせたものに変化しそうな兆候が現れている。
前島密による郵便制度の導入以来、郵便貯金、簡易保険の創設など庶民の利便を図って絶大なる支持を受けてきた制度が、否応なく変質せざるを得ない危機に瀕している。
ここに至るまでには、肥大化した組織を統御し切れなかった中枢官僚の奢りと怠慢もあったことだろう。辣腕を振るった一部労働組合幹部の誤った指導方針や、選挙のたびに圧力団体として悪名をとどろかせた特定郵便局長会の全国組織も糾弾されるべきかもしれない。
また、よく指摘されるとおり郵便局窓口での応対の悪さが国民の支持を失う要因の一つに数え上げられるかもしれない。
郵便に限らず、貯金も簡易保険も関係する職員は皆反省し、長年にわたる不徳を懺悔しなければならないだろう。
しかし、そうした機会は徐々に失われつつある。実務で挽回し、庶民に利をもたらす制度の維持を図ろうとしても、流砂のごとく足下から崩れていく郵政組織は、職員と国民を巻き込んで沖合い遥かに運び去られようとしているのだ。
束の間の吉村の回想は、強がりながらもダメージを受けている現状の反映かもしれなかった。
何度か訪れた大手町の逓信博物館での心地よい展示を思い出し、機関紙『郵政』の表紙を飾った有名日本人画家の原画を大切に保管していると場所として記憶した誇りが、身びいきの感情をともなって現れたともいえる。
(やっぱり、調理師免許を取ろう)
いままでにない強烈な意志でそうおもった。
久美もそろそろ<ふくべ>の手伝いが難しくなる。
義父のためにも自分のためにも、見習い修業に入るときが来たことを肝に銘じるのだった。
おそらく郵便局でも旧・郵政省内部でも、その底辺で働く人たちの実情や苦労を書いた物語なんて無いだろうと思うからです。
郵政民営化が順調にスタートできるかどうかは、誰も予測がつきませんが、一般国民としては「うまくいってほしい」と内心では願っています。
それには旧態依然をいかに打破するか、関係幹部や従業員にいかに新風を吹き込むかがひとつのカギと思われ、「吉村くんの出来事」はその一助になるかも、と考える次第です。
『吉村君の出来事』ついに終わりましたね。
お疲れさまでした。
いつも次回を楽しみに読ませていただいていました。
おおっとびっくりする展開の回もありましたし、予想を外されて、フーンそう来るのかアと思わされた回もありましたが、それにしてもこうしてこつこつ毎回この長丁場を書き続ける窪庭忠雄さんの持久力には感服しながら、次の回を待ちました。
個人的に最も好きだったのは、吉村君の故郷の家出の彼女との初夜を迎える回でした。将棋の勝負の描写も強烈で、ピーンと張り詰めた気持ちで読みました。
また全体的には、私たちの知らないこの時期の郵便局の内部状況と、そこで日々生きる人たちの息遣いがこの小説ではじめて知ることが出来、実に興味深かったです。
最終回は、これだけ念入りに書いてきた作品の締めくくりとしては、誠に勿体ないような気がしながら読ませていただきました。
読者の側から言わせていただけば、作品の印象は収束の仕方でかなり決まってくるのではないでしょうか。
勝手な言い方を許していただければ、ここで放り出してしまわずもうヒト粘り欲しかったかなと、、、。
次の御作をいまから首を長くして期待しお待ちしています。
新しい環境で心機一転の新しい窪庭ワールドを!
有難うございました。
お元気で! 知恵熱おやじ
「了」の文字に幻惑されてこれが最終回と勝手に思い込みコメントしましたが、もう一度読み直してみてどうも私の早トチリらしいことに気付きました。
ドジだねー。
当然ここで終わるわけありませんよね。
このあと素晴らしいラストが待っていることを信じて、次回をお待ちしています。
ごめんなさい。知恵熱おやじ