思ったより観念するのが早いやと、万吉は内心ほくそ笑みながら内儀の顔を盗み見た。恐怖と隣り合わせの状況がかえって欲情を高めるのか、最後の嗜みをかいくぐって女の口から熱い息がもれた。 万吉は腕の重みを支えながら、一方の手で着物の裾を割った。どこへ横たえようかと行李や籠で狭められた板張りの床を目で探っていた。 獲物に体を重ねようとしたとき、ぴったりと閉めておいた薬庫の引き戸がカタカタと揺すられ、外 . . . 本文を読む
ある日軽井沢の新興住宅街をクルマで流していると、一段高くなった植え込みの間に色も毛並みも垢抜けた猫がうずくまっているのを見つけた。 高圧洗浄機や高枝バサミなど、郊外生活に必要な商品を揃えて訪問販売する朝香満男は、運転席の窓を下ろして思わず猫に声を掛けた。 「いやあ、あんた美人だねえ」 そっと手を伸ばして触ろうとすると、それとなく体をかわしながらも目を細めるようにしてニャーっと応えた。 その . . . 本文を読む
西洋式大道芸と『日本の旅芸人』
こどもの日に有楽町に出た。久しぶりに映画を観た帰りがけに、駅頭で人形を操る外国人の大道芸人に行き合わせた。
チェコ人かルーマニア人か、よくは分からないがヨーロッパの人ではないかと見当をつけながら、足を止めた観客と共に遠巻きにした。
黒づくめの人形遣いは、最前列の子供に向かって微笑を浮かべながら、もっと近づくように手招きした。
そうしないと、さ . . . 本文を読む
ベルツの森を垣間見て
六合からの道を登りきったところが草津との境界だ。
視界が急に開けたところで、白根の山々を望むことができる。
実は前日北軽井沢へ来たときは、季節はずれの雪に見舞われた。浅間は一日で雪の厚化粧を施された。
白根もまた谷筋の雪がはっきりと見える。北アルプスほどの威圧感はないが、標高の高い草津から見ても頼りになる兄貴のような存在だ。
山のふもとの赤い建物 . . . 本文を読む
泳ぐ泳ぐ!
湯ノ平温泉を過ぎると、ほどなく道は分岐点に差し掛かる。
右へ下れば平家の落人伝説がある六合村の最奥、世立(ヨダテ)を掠めて野反湖方面への長い上り坂となる。
今回は左に道をとって草津温泉に向かうことにした。
登り掛けの集落でまたも鯉のぼりに出会ったが、今度はあまりの数に圧倒された。
この小さな集落のどこに、百にも及ぶ鯉のぼりが用意されていたのか。
各戸が拠出 . . . 本文を読む