言問通りの交差点を千束三丁目方向へ曲がったところで、おんなは遠くに雷鳴を聴いた。
それは梅雨明けをよろこぶ含み笑いのように、西の空を渡って行った。
「カミナリが鳴ると、あたし無性に男が欲しくなるのよ」
おんなは連れの男を下から見上げるように話しかけた。
「はは、ちょうどお誂え向きか。・・・・あんた、俺でなくともよかったんだろう?」
五十がらみの太った男 . . . 本文を読む
母子草
(城跡ほっつき歩記)より
東京の空が焼けとったわ
親戚の旦那さんがキセルを銜えたまま
プカリと吹かした
夏の木陰で火口(ホクチ)を赤く点し
疎開っ子のぼくをじろりと見据えて
旦那さんがニヤリと笑った
おまえらの家もボンボン燃えて
今ごろ親子ともどもほうほうのてい . . . 本文を読む
『呪縛』(夢喰屋仕込み剣)が一閃する
昨年プロ作家デビューを果たした一本木凱が、先ごろシリーズ二作目になる『呪縛』を廣済堂文庫から出版した。
かねてより注目していた<夢喰屋>の馬九(ばく)を主人公に、縦横無尽の活躍がはじまったのである。
以前当ブログ、どうぶつ・ティータイム(101)で紹介した九州さが大衆文学 . . . 本文を読む
官報を見ていると、私はときどき粗い印刷用紙の中に吸い込まれていくのを感じるときがある。
頬杖をついた掌がうっすらと汗ばむ五月の半ば、誰も居ない事務所で小さな活字の群れに向き合っている。
私は自分に与えられた仕事を逸脱して、知らず知らず紙面の一角に注意を奪われているのだった。
政令や告示といったものがある。
叙位、叙勲といった華やかな字句もゴシック活字で . . . 本文を読む
春紫苑
姫女苑
(城跡ほっつき歩記)より
姫女苑(ヒメジョオン)さん
あたし一足先にお嫁に行きます
初夏の空き地で春紫苑(ハルジオン)が声をかける
似た者同士だけど ちょっぴりあたしの方が可愛い
あなたは秋まで そこで咲いていればいいわ
あら なんて高ピーな物言いだこと
あとからやってき . . . 本文を読む