キリキリシャン
今年こそ結婚をと誓いあった矢先に、久美の祖母が亡くなった。何年かぶりの寒波に見舞われた二月半ば、一週間ほど臥せったあと入院して三日目に還らぬ人となった。
最期は呼吸困難に陥り、正視できなかったと久美が涙ぐんだ。医師が示す肺のレントゲン写真は、壊死した細胞の墓場と化していた。酸素吸入でも軽減できない肺炎の苦しみが、久美の話から想像できた。
「ごめんなさい、つい取 . . . 本文を読む
草津にて
なぜ、そんな気になったのだろう。湯もみを見ようなどという気に・・・・。
湯畑をひとめぐりしたとき、右手の古びた小屋から入場開始を告げるアナウンスがあり、鼻にかかった案内嬢の呼び込みに好奇心をくすぐられたという面はたしかにあった。
吉村は、祭りや見世物に人一倍の興味を持っていた。
ただ、人ごみの隙間に仄見える影のようなものを意識する癖があって、子供のころから手放し . . . 本文を読む
飛ぶ
四月二十日の逓信記念日に永年勤続を表彰された課長代理が、問われるまま苦労話を披露した。報告がてら職場巡りをしている最中だった。
「勤続四十年とは驚きました。いろんなことがあったんでしょうね」
水を向けられると、もう止まらない様子だった。
「当時はね、臨時補充員という身分で入って、一年間じっくりと勤務態度を見られたもんだ。まあ見習い期間だから、必死に働いたなあ。・・・・き . . . 本文を読む