(死神のワルツ) それは、紅葉の季節も終わり、富士山に初冠雪があった十一月半ばのことだった。「ねえ、ねえ、知ってる? あの志水さんが死んだんだってよ・・・・」 咲子のもとへ知世が大慌てで電話をかけてきたのだ。 志水というのは、この地方では評判の自然観察指導員で、咲子たち<山ガール>も何回か世話になっている人だった。「え、どうして?」「リフトに引っかけられて、高いところから落ちたらしいの」 . . . 本文を読む
直江津港
「貝がらの唄」
暗い海でも波は白い
北へ向けて
半島は弓のように延びている
トロッコが海岸線に躍り出る
ふるさとを捨てに
日に幾度となく海へ来る
波の怒りに首ひっこめ
発破の音に身を縮め
裏海の貝は実なし貝
ハアー
風に吹かれて転がる身には
砂もまんまの味がする . . . 本文を読む
雪暮れて
「男」
☆☆ 流星に出逢うと
女房まで捨ててきた身の軽さを持て余すことがある
旅先からこんな絵はがきが届いた
放浪詩人の足跡を追って
オンボロ車で出かけて行ったのは秋だった
裏を返すと一面に樹氷林がひろがっていた
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里神楽
「面」
きょうも熱いお天道様が沈んでいく
山の陰から目玉のような涼気が流れてくる
女房どのが赤い腰紐をしめている
雑木林は家の中より匂いがよかろう
行ってくれ
天を向いてお天道様に怨みごとを言ってくれ
渇いて、かわいています
おとこの胸にも湖はある
棹を失くした舟が微かに揺れている
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(身の周りの秋)
運動公園
紅葉の季節になると、つい遠くの山々に意識が向く。
今年も軽井沢から、草津、白根、万座をめぐってきたが、あれから半月が過ぎやっと平地の都会にも晩秋の気配が忍び寄ってきた。
家に近い運動公園の行きかえり、日増しに色づきを増す木々のたたずまいにふと目を奪われた。
芝生の上には、一面に落葉が散り敷き、人気のないベンチがなんとも . . . 本文を読む
(消臭効果)
加奈子は、中学二年生になった。 ある日、町の中心部にある浅間通りを歩いていたら、同級生の康夫から声をかけられた。「おっ、おまえ昨日親父と一緒だったろう?」「え、・・・・なんで?」 どうして、そのような詮索をするのかと、戸惑いを感じた。 加奈子は、父親とは気が合うたちで、病気がちの母親よりも何かと頼りにしていた。 康夫が見たというのは、会社から帰宅する父を駅まで迎えに行 . . . 本文を読む
海
「岬の夏」
この波音にのって
きみは夜通し踊りたいというか
この岬の突端に来て
きみは思い出をすべて唄いつくしたいのか
思い思いの姿で崖下に蠢くきみたちは
二十年の希いを一気に叶えようとするのか
打ち上げ花火が夜空を染める
足下を照らす線香花火は
ふさわしくないというのか
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残照
「鼻」
天保七年の秋の夜
西空に鼻が垂れ下がった
二つの黒い鼻孔を眼のようにひらき
飢饉にくたびれた百姓たちの寝顔を覗き込んだ
腹の空くような風が吹くと
ピーッと障子を突き抜ける赤子の泣き声がした
おっかあはホウキ星の夢を見た
赤い箒で座敷を掃くと
家中に火がついた
抱きつかれて親 . . . 本文を読む