(妖葉記) 薄暗い公園の横を通ると、薄暗い樹の間からガクアジサイの白い花が、あたりを窺うように顔を覗かせていた。 確かめると白いのはガクのほうで、そのガクに囲まれて小さな花がぶつぶつと虫のようにたかっていた。 もっともらしく観察はしたけれど、辰夫が気にかけたのはガクでも花でもなかった。 覗きこんだとたんにワーっと掌を広げたアジサイの葉っぱのほうだった。 辰夫は、正直たじろいだ。 その瞬 . . . 本文を読む
「雪国」
あさだ
かがやく雪嶺の朝だ
三国峠の新雪をきしきしと踏めば
脚絆の足首がここちよく引き締まる
断崖から無数に垂れさがる氷柱を
なににたとえよう
石の手摺に寄りかかり地獄谷を覗きこむ
ーーめまいの奥で
放射状の枝は何を呼びかけようとしたのか
隧道を風とともにくぐり抜ける
国境の雪の下に
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「辺見庸の予感したもの」
2011年11月11日は、3月11日の東日本大震災からちょうど八か月目の日にあたる。
この日に当たって、有識者が被災地復興の遅れに苦言を呈したのは至極もっともであったが、具体策のない、汗も苦脳もともなわないコトバは却って空しさを増幅した。
むしろ、6個の1が並んだ数字の示す尖った暗示が、人びとに未来への予感を示したのではないだろうか。
あ . . . 本文を読む
(夜の旗) 義妹夫婦が帰ったあと、聡子は台所の片付けをしながら、ひとり思い出し笑いをしていた。「なんだ、どうしたんだ?」 骨董品を対象にああだこうだと鑑定する人気番組を見ていた正人が、ゲストのタレントに笑いの原因でもあるのかと問いかけの視線を投げかけた。「いや、そんなんじゃないの。千恵子ったらとんだおっちょこちょいなんだから・・・・」 終いまで言わずに、聡子はまた笑った。「一人だけ笑ってい . . . 本文を読む
「紅葉の軽井沢から大戸関跡まで」
先々週だったか、週央に長野・群馬の端っこをひとめぐりしてきた。
今年の秋は暑かったり寒かったり季節の変化が緩慢で、中途半端な気温の高低差のせいか、劇的な紅葉を見ることはできなかった。
もっとも、こちらも紅葉の追っかけをやっているわけではないから、最盛期を見逃した可能性もある。
いや、たぶん時期を失したはずで、ほんと . . . 本文を読む