風邪をひいて寝込んでいた正輝は、微かに拍子木の音を聞いたような気がして目を覚ました。 彼は昨日まで警備会社に勤める傍ら、夜勤明けの数時間を牛丼店のアルバイト店員として働いていた。 厨房に入って出勤前の客のために盛り付けし、仕事が終われば自らも奥の控室で遅い朝食を摂った。 彼にとって時給のほかに朝飯を確保できることは願ってもないことであり、長らくそうした生活リズムを維持してきていた。 それが風邪 . . . 本文を読む
白ハギ
萩が咲いたと祖母が言った野良の帰り道に気づいたのだというお寺の山裾にわんさと咲いとったぞ祖父を亡くして話しかける人がいないから縁側でケン玉をしていたぼくに声をかけたのだろうか明日はジイさんにお萩でも作ってやろうかのうお前も好きじゃったろうだけど祖母はいつでも死んだ祖父のことが第一なんだ畑の隅に季節ごとの花を . . . 本文を読む
ニコヤカクモ (ナショナル・ジオグラフィック)より
世の中には 想像もつかないものがあるものだニコヤカグモと名づけられた けったいな蜘蛛のことだ
蜘蛛族には風変わりな連中が多いが こいつを見たときは思わず手を拍った
大手をひろげ 大口あけて笑うヤツちっちゃな目と 麻呂のような眉思いっきり間延びしているから ヨシモト一の お笑い . . . 本文を読む
三が日が明けた仕事始めの日、出勤しようとしていた雅夫は賃貸マンションを経営する大家と珍しく顔を合わせた。「おはようございます」 背後から声をかけられて振り向くと、膝上まである防寒コートを羽織り、そのくせ帽子もかぶらずにニコニコと立っていた。 一度か二度すれ違ったことがあるが、その時は目を合わせることもなく、雅夫は内心愛想のないオヤジだなとこちらも無視する気持ちになっていた。 だが、年が変わっ . . . 本文を読む