追憶
「八月の声」
燃えおちた太陽の余熱が地にあふれ
上昇する大気を侵して
むらさきの闇が滲みはじめる
八月のある夕暮れ
稲田の一隅に湧いた蛙の声は
またたく間に平野を埋めつくした
濃く淡く和するに似て
耳を澄ませば
ぶつかり、傷ついている大地のうめきだ
あぜ道を疎開者の父と子が歩いていた
子がさし . . . 本文を読む
絆
(居直りの構図)
1月17日阪神・淡路大震災から17年目の追悼式典が行われた日に、東京電力の平べったい顔をした責任者が電力料金の値上げを発表した。
まずは大口利用者に対する値上げ要請で、値上げ率が17パーセントというから「数字遊び?」と妙な気分になりかけた。
それにしても、この人たちの厚顔さには呆れかえる。
一応昨年の内に、「原発が止ま . . . 本文を読む
余波
「対話」
夜半
存在の涯から
ぼくの頭皮を吹き起こし
心をじっとりと汗ばませた
嵐の不安よ
ぼくは男だが
捲られた皮膜が
パタパタと蒼白の
リズムを打ったとき
母たちが恐怖の底に延べた
子守唄の余韻を
こだわりなく
沐浴した
過ぎ去った郷愁の窓を開ける
余波の明け方 . . . 本文を読む
(ほめあげ屋) 謹厳実直で知られた亭主の塙謙吉が死んだのは一昨年の秋だった。 翌年の年賀状を欠礼し、代わりに歯科医だった謙吉の死を知らせるハガキを三百枚ほど書いた。 当然のことながら、元旦に届けられる郵便物は目立って減り、謙吉あての郵便物は、医療器具メーカーや業界団体からのものを含め十数通となった。 妻の澄子に来た賀状も十枚ほど、出した数より少ないのはいつものことだった。 謙吉が生きてい . . . 本文を読む
予兆
「伝説の風」
執拗につづく霧の日々
とざされた時間の裂け目から
ふと拾った摩周湖のきらめきは硬い
無明をつらぬき
散乱する光のかけらへ群がり寄る
精気の気配が
風にのって踊っている
ひととき、木々のためいきが水面を覆うと
魔性の刺客が天界から一気に駆け下り
逃げまどう命の群れにとどめをさす
形象は . . . 本文を読む