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(いびつな月)
入鹿は、数日前からいらいらしていた。 頭の周りで、なにかチリチリとはじけるような波動が感じられるのだ。 (なんだろう?) 沖の方から追いかけてくる目に見えない不安が、全身の皮膚を粟立たせる。 親から受け継いだ精密な感覚が、音ともいえず唸りともいえない底鳴りを感知して未知の信号を送って来るのだ。「おまえ、何か変なものを感じないか」 入鹿は、近づいてきたサブに訊いた。「は . . . 本文を読む
(緊急地震速報)
3月11日(金)東京からクルマで移動中、埼玉県内で地震を知った。
文化放送のアナウンサーが、スタジオ内の震度を「ただいま2です。・・3になりました。・・かなり大きな地震のようです」
と、秒単位で読み上げていく。
ほぼ間をおかずに、クルマごと左右に40センチほど横揺れがする。
ハンドルを取られるというより、クルマごと道路の上で振り回される感覚だ。
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(小鳥の涙)
ある日、訪ねてきた客人に堀口が言った。「ぼくがヒヨドリのヒナを助けたことは、いつか教えたよね?」「うん、二階の戸袋を壊して救い出したと言ってたな」「そうなんだよ、物置代わりに使っていた部屋に入ったところ、壁の近くから小鳥の声がするもんで、覗いてみたのが騒動の始まりさ」「それにしても、よく決断したものだな・・・・」「いま思い返してみると、いくらボロ屋でもよくや . . . 本文を読む
ユリ
「夏の匂い」
一杯の水が喉の渇きをいやすように
あなたのまなざしは
ぼくの心をうるおした
遠い夏
あの日の空を想い
いま千切れ雲に
通りすぎて行った青春の足跡をみる
セミの輪唱は祈りのように続いている
間隙をぬって
あなたの笑い声が転がってくる
空へ向かって深々と昏倒したぼくに
風が軽 . . . 本文を読む