(喋る木炭)
助手席には、首をがっくりと折った男がもたれるように倒れていた。
ドアを開けると、夜気と入れ替えにアルコールの臭いが流れ出た。
足元には、ほとんど空になった角瓶と七輪が置かれていた。
土田刑事は、自分の方に倒れかかる男の肢体を、肩で支えていた。
練炭自殺らしいという通報を受けて駆けつけたのだが、窓に目張りもなく、七輪には練炭でなく木炭が詰 . . . 本文を読む
(雑踏の死角)
新宿で怖いのは、歌舞伎町だけと思っていた。
多賀子は新宿伊勢丹の南側道路を歩いていて、不審な男と女子高校生らしい少女の二人連れとすれ違い、妙な怖さに襲われた。
(この人たち、どんな関係なんだろう?)
男に肩を押えられて通り過ぎる少女の顔を、ちらりと盗み見た。
近頃は、大人に際どい行為をさせたり、平気で売春したりする女子高生もいるという . . . 本文を読む
(ノラの現住所)
朋子の家の近くに小さな公園がある。
片隅に地域の集会所があり、適度な間隔で配置されたハナミズキや百日紅、ムクゲの樹などが、折々の季節に花を咲かせた。
入口には、自転車乗り入れ、ボール遊び、ゴルフの素振りなどを禁じる注意書きが掲げられている。
看板には載っていないが、公園を囲むフェンスに「猫に餌をやらないでください」との木札が下げられてい . . . 本文を読む
(発砲危険)
ニューヨークでの生活に疲れた星野洋子は、三年ぶりに成田空港に降り立った。
かれこれ十年になろうかというアメリカ暮らしの中で、三度目の帰国であった。
ブロンクスで貧乏絵描きと同棲しながら、自身もまたポップアートを制作して企業やメディアに売り込みを図ってきた。
洋子の絵は、日本人の感覚ではなかなか受け入れられない作品だ。
原色の鬩ぎ合いの果 . . . 本文を読む