(夢見るワンコちゃん) 犬も夢を見るという説は、動物の本能に興味を持つサワノ教授にとって、大いに関心のある話題であった。 昼間ドッグランに集まってくる犬を観察していると、とにかく走りたいという欲望が全身にみなぎっているのを感じる。 それは、餌に反応するのと同等の本能であろうと彼はおもう。 眠っていた犬が、とつぜん横になったまま激しく手足を動かすという夢見るワンコちゃんの存在は、 . . . 本文を読む
クロアゲハ
「蚊よ」
ほそく誘った窓のすきま
秋風を斥候に
蚊が降下する
飢えは
きみもぼくも授かった条件だから
空腹によろめく
風が共謀(グル)だったとは
気づかなかったか
白い策略の畑で
吸管、羽が
脚もろとも爆裂する
村祭に陽が落ち
虚空に四散した花火の
. . . 本文を読む
(北の棟)
夏休みに入ると、19号棟まえの芝生は朝から子どもたちに占領され、ひと夏、野球場と化した観があった。
たえまなく喚声があがり、ときおり少年とは思えない野蛮な声がベランダ側の窓を震わせた。
流産から間のない律子にとって、子どもたちの声はつらくひびいた。
たまりかねて何度か注意したことがあったが、近所の目もはばかられて、あとは騒ぐにまかせるかたちとなっていた。
. . . 本文を読む
公園にて
(黙って)
露にぬれた 青いベンチは
もう誰かが坐ったものだから
くさむらに
ふたりだけの愛を敷こうと
あなたは 頭を押しつけた
ぼくの胸を
聞かないでくれ
ぼくの胸は薄いから
公園の若葉の陰で
いままた灯が消えた
闇はあなたを重くするが
ぼくの薄い胸に塗られた
前科の証は . . . 本文を読む
(エア・ギター) <風向き党>の党首になって一年が過ぎた又俣イカルは、思いがけない女性スキャンダルに巻き込まれて窮地に陥っていた。 ヒラ党員時代から辛抱に辛抱を重ね、やっと手中にした首領の座を、こんなくだらないことで手放すなどあってはならないと大慌てをしていた。 以前にも献金問題でミスを犯し、カミさんから「脇が甘い」と叱られたことがあったが、今回のことはその時以上のダメージだった。 カ . . . 本文を読む