例年より少し遅れて、梅雨が明けた。
おれは、たたら出版社長に事情を話して、七月末までの一週間、夏の休暇を取らせてもらった。
上野駅を八時過ぎに出発する特急『白山』に乗り込んだ。この愛称を持つ列車を発見したからには、乗らないわけにはいかなかった。
おれが、七尾を出て東京を目差したときには、上越線経由の特急『はくたか』のみで、越後湯沢で別の電車に乗り換えて上野に向かった記憶がある。
三年ほど . . . 本文を読む
プロ野球巨人軍の長島茂雄引退に続いて、田中角栄、ハイセイコーと、それぞれの分野で最も話題性を帯びた大物の退陣が相次いだ。
昭和四十年代最後の、しかも秋から年末にかけての数ヶ月の間に、波瀾に満ちた昭和の一サイクルが、あわただしく幕を閉じたのであった。
明けて昭和五十年を迎えても、景気は一向に回復せず、人びとは散見する明るいニュースに群がって、不満の代償を得ようとしていた。
統一地方選挙で、東 . . . 本文を読む
ミナコさんは、浴室に消えたようだ。
ひとり取り残されて、おれは横たわっていた。
急速に萎えて、左の太腿に寄りかかった塊を、おれは鼻翼越しに眺めていた。
十分前までは、王侯貴族のように威張っていたのに、いまは使い捨てられたボロ雑巾のように張り付いている。
ミナコさんが、特別の手品を使ったわけではない。これは、オスの身に施された、約束ごとなのだ。
三月にミナコさんが失踪して以来、ずっと持続 . . . 本文を読む
母親が亡くなったことで、ミナコさんの立場は弱くなった。
それは、当然なことだと、おれは冷静に考えた。姉夫婦の親切の一部は、母親からの送金にあったのだろうと、邪な想いが頭の中で泥のように動いた。
口には出さないが、ミナコさんは早晩横浜を離れることになると、おれも思っていた。幾部屋あるのか分からないが、夫婦のもとで長期に居候することなど、出来るはずはない。そのことは、ミナコさん自身が承知していて . . . 本文を読む
ミナコさんとの、もどかしい通信状況に耐えかねて、おれは電話を引くことを決意した。 ミナコさんに電話番号をどう知らせるのか。名案が浮かばないまま、おれは日本電信電話公社に出向いて申し込みの手続きをした。 半月もすれば、おれの部屋には電話が引かれているはずだった。 ピカピカの黒電話を、どこに置こうかと胸が高鳴った。本箱の上がいいか、それとも坐り机の端か。 電話がついたら、まず誰にかけようか。 . . . 本文を読む
身辺に騒がしいことが起きて、巣鴨地蔵通り商店会主催の『こども相撲大会』を観にいけなかったことが、心残りとなっていた。 数日後、チラシの校正を担当してくれた若手事務局員に連絡を取ってみると、イベントは成功裏のうちに終了し、打ち上げの席では、来年もまた継続して催しを盛り上げることで意見の一致をみたとのことだった。 「それは、よかったですね。おめでとうございます」 「はい、今回はいろいろとご協力いた . . . 本文を読む