どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(13)

2023-07-31 00:06:00 | 連載小説
 ほどなくサンドイッチが運ばれてきた。野菜と生ハムを薄めのフランスパンに挟んだ、オリジナル商品だった。レタスもトマトも新鮮だったし、幾重にも巻いて花弁に見立てたハムは、塩と洋がらしと空気の弾力を味方にして、食べる者を幸せな気分にした。 カップが大きめだったせいか、残りのコーヒーがオリジナルサンドの味を引き立てた。ミナコさんも、たっぷりの紅茶で軽食の仕上げが出来、満足の表情を浮かべた。 ミナコさんが . . . 本文を読む
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思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(11は省略)(12)

2023-07-30 00:00:00 | 連載小説
 ミナコさんとの逢瀬は、週に一回のペースで実現した。日曜日に、ミナコさんの好きな盛り場で、人混みに紛れて待ち合わせることが多かった。 梅の季節になって、湯島天神、六義園などの近場だけでなく、おれの希望で百草園まで足を伸ばしたりした。 おれは、口にこそ出さなかったが、ミナコさんの住むマンションに近付けないことにストレスを感じていた。自分自身の心理的な抑制がそうさせるのだが、それが苛立ちとなっておれを . . . 本文を読む
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思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(10)

2023-07-29 00:30:01 | 連載小説
 おれたちは靖国通りから逸れて、坂の道を新宿御苑方向へ登っていった。途中大きな交差点を渡り、人気の少ない裏通りに足を踏み入れていた。 中層のビルや医院、住宅、学校などが混在する街は、二つの大通りに挟まれてひっそりと静まっていた。街灯はあっても、建物に遮られて随所に影が生まれている。不穏な気配さえ感じられなくはない。 おれの腕にかかる重さが増していた。坂を登って来て、ミナコさんも疲れたのだろう。おれ . . . 本文を読む
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思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(9)

2023-07-28 00:02:30 | 連載小説
 駅の改札口から、会社帰りの男女がひっきりなしに吐き出されてくる。この界隈から帰っていく人びともいるわけだが、おれの目はこの駅に降り立つ者だけに向いている。 女性の姿に意識が向かうのも、同じ理由だ。ミナコさんの面影に似た横顔を見つけてハッとし、いや、そんなに早く来られるはずがないと、はやる気持ちをたしなめる。 その間にも人の流れはやまず、おれの注意力はつかの間散漫になる。ただぼんやりと駅頭の風景を . . . 本文を読む
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思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(8)

2023-07-27 00:45:00 | 連載小説
 無断欠勤をニ週間続けたころ、自動車内装会社から解雇通知と給料が送られてきた。わずかだが、社内規程による一時金が付加されていた。 現金書留の封筒の中に、ミナコさんからのメッセージが忍び込ませてあった。 <落ち着いたら、顔をみせてね。電話してからよ> おれが逃げ帰ったあと、どんな顛末になったのか。少なくとも、おれが訪問したことだけはミナコさんに伝わっているようだった。 社長の追及に、ミナコさんはどう . . . 本文を読む
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思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(7)

2023-07-26 00:01:00 | 連載小説
 昼休みの早指し将棋に、おれの出番が多くなった。 ゴトウさんが、おれのことを実力以上に吹聴するものだから、社員はおろか社長まで様子を見に来るようになった。 何日か前のこと、横に立った長身の男の圧迫感に耐えられず、おれは身じろぎしながら振り仰いだ。その瞬間、薄ら笑いを浮かべた社長の視線が、おれからゆっくりと放れていった。 理由は分からないが、おれは嫌われているなと直感した。おれの何かが癇に障ったのだ . . . 本文を読む
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紙上『大喜利』(30)

2023-07-24 11:32:32 | 大喜利
〇 「ご隠居、大谷翔平が36号を打ったらしいですよ」「昨日は三振食らってベンチでヘルメットを叩きつけていたというので心配してたんだ」   〇 「ネビン監督が心配いらないと言っていましたがその通りだったですね」「バカ言うんじゃないよ、あの弾丸ライナーは怒りの一発だ」   〇 「え? 何に怒っているんですか」「拝金主義のオーナーが自分をもっと高く売ろうとしてトレードを辞めた . . . 本文を読む
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思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(6)

2023-07-23 10:26:30 | 連載小説
 ヨシモトは、まだインドにいるのだろうか。地球が回る音を聴くことはできたのだろうか。 彼が去って、もう五年は経ったはずだ。その間、おれは転職を繰り返し、そのたびに薄汚れていったような気がする。 ヨシモトが身近にいれば、おれの生き方も少しは変わっていたかもしれない。大学の道場の片隅で、彼とともに瞑想し、「あ、うん」の呼吸で宇宙と一体になることができたのだから。「あ、え、い、お、う~」 心と身体を一つ . . . 本文を読む
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思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(5)

2023-07-22 10:54:00 | 連載小説
 この密かな儀式のような瞬間を、もうどれほど繰り返してきたことだろう。食欲と性欲が渾然となって意識される、至福の一刻を。 おれは、おれだけに与えられた豊饒の感覚を崇めて、大それた発見でもしたかのように陶酔していた。白菜がみせる裸身の美しさに、たったひとり美を見出すことのできる自分の感性に、自負を抱いていたということだ。 しかし、いつまでも悦びに浸ってはいられなかった。空腹にせかされ、アルミ鍋と食材 . . . 本文を読む
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思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(4)

2023-07-21 11:12:58 | 連載小説
 夜中に、一度目が覚めた。 おれは押入れを出て、廊下の突き当たりにある共同トイレに向かった。 トイレと背中合わせに設置された炊事場も、明かりを落として静まり返っている。こうして水場を一箇所にまとめた作りは、住人の感情さえ斟酌しなければ合理的なのかもしれなかった。 ともあれ、おれが通ってきた廊下を挟んで左右に五部屋ずつ並んだ三畳間は、どの部屋も電気が消えていた。最近引っ越していった一部屋を除いて、す . . . 本文を読む
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思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(3)

2023-07-20 11:49:20 | 連載小説
 その夜、おれは大塚駅南口のジンギスカン料理店で、ビール一本と慣れない日本酒を飲んだ。お銚子にして二本の二級酒は、あまりうまいとは思えなかった。それでも、目の前で湯気まじりの煙を上げはじめた羊肉をほおばりながら、久しぶりの脂の味を酒で流し込んだ。 どんな境遇に置かれても、その場その時の悦びはあるものだ。 おれは、まだ熱をもったまま食道を下り、胃のなかに落ちていく咀嚼物を、おれの細胞が先を争って迎え . . . 本文を読む
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思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(2)

2023-07-19 00:00:00 | 連載小説
 喫茶店での会話は、戦勝祝いのように沸騰した。 おれは、いきり立つ若者たちの言葉を、ボックス席の底で他人ごとのように聞き流していた。 おれの頭の中に、労働基準監督署の存在が浮かんだ。どれほどの力を与えてくれるものか見当もつかなかったが、諦めの思いの中で微かに点滅しはじめた希望のようなものを、若者たちに示した。 反応は、予想を超えた。 おれは、おれを称える若者たちの言葉に心をくすぐられたが、一方で醒 . . . 本文を読む
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思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂湖』(1)

2023-07-18 00:16:30 | 連載小説
 夏草の生い茂ったなだらかな丘のふもとに、いつの時代のものか、発かれた石棺が陽に曝されているのを見たことがある。 型枠のように草根を支えた石室の奥に、濃い暗闇が潜んでいた。伊豆の下田から石廊崎に向かうバスの中であった。 丘は一筋に延びる舗装道路を境にして、二つの盛り上がる量感となり、前部の座席にいたおれを呼び寄せるように輝いていた。 変わりやすいこのあたりの天候が、一刻の驟雨の後にもたらした雨上が . . . 本文を読む
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思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(はじめに)

2023-07-17 01:46:47 | 連載小説
 昭和という時代を懐かしむつもりは無い。 ただ、昭和を生きてきて、その影響を受けたことは事実である。 わたしは、齢をかさねるごとに、自分が通り抜けてきた時代を振り返ってみる。 青春時代、壮年時代、どの一日を切り取ってみても、いま老年期を生きる自分とどこかでつながっている。 その意味で、自分という存在は、時代の鏡である。 だが、時代は自分だけの鏡では無い。 <おれ>という主人公を鏡にして、昭和を通り . . . 本文を読む
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紙上『大喜利』〈29〉

2023-07-15 11:03:48 | 大喜利
〇 「おい、おい、錦木が初日から6連勝でただ一人勝ちっぱなしだぞ」「大関昇進候補の豊昇龍、大栄将、若元春らの関脇陣は3人とも平幕の錦木に敗れて足踏みしていますね」   〇 「NHKも先場所から14連勝とか言い出して、やっと錦木にスポットライトが当たったな」「ご隠居の言う通り腰の構えがいいですね、相手はじたばたして腰が浮き投げられたり押し出されたり・・・・」   〇 「解 . . . 本文を読む
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