(愉快犯) 鬼押出しの溶岩の間から、切断された肢が突き出しているとの通報があった。 急行したパトカーの警官が見たのは、真っ白い二本のマネキンの足だった。 遠目だと、生身の女の死体に見えなくもない。 バラバラにされた遺体と見間違えて通報した男を、責めるわけにもいかない状況であった。 もっとも、その場に通報者はいなかった。 携帯電話を使ったらしいが、受信記録からは持主を特定できなかった。 だ . . . 本文を読む
街角
「喪失」
コマ通りを歩いていたら
人が落ちていた
ヤジ馬も僕も
ばかな奴だと思った
高いビルがあって
夕暮れの空があって
だからといって落ちることもあるまいに
だが少しも心が騒がないのはなぜだろう
幼い日には
僕も拡大鏡を持っていた
小さな出来事によく驚いたものだ
いつ . . . 本文を読む
尺取り虫
「負の序列」
ちぢみのステテコから
植物的な発芽をしました
蒸し暑いので
ひょろりと顔を出しました
でも誰ひとりぼくに気づいてくれません
ジャワ帰りの元小隊長がいます
満州引揚者がとなりに坐っています
学徒兵だった男もいます
そして
うら若いわがご主人がいます
四つの世代の使者は
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花と蝶
「愛の形象」
宿場だった街の
塀を接した細い路地の
そこだけ押しつめたような濃い闇の中で
男が涙をこぼしたとしたら
挫折する主義もなく
失うような恋もなく
素手のまま
男が涙をこぼしたとしたら
地中深く
雲母に似た愛が生まれている
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