(自販機に敬礼)
大正時代から酒屋をやってきた升喜屋の前を、養護施設の生徒たちが毎朝通って行く。 五十メートルほど離れた通りの先に、パン工場を兼ねた養護施設があるのだ。 幸恵は毎朝九時に、宅配便の取扱いを知らせる立て看板を出す。 店先にはかなり広いスペースがあって、酒類をはじめお茶やコーラなどを扱う自動販売機が三台並んでいる。 店内にも商品は置いてあるが、通りがかりの客はほとんど自動 . . . 本文を読む
(蝶の見た夢)
サナエちゃんは、いま「リコン」の危機におちいっていた。 学校から帰ってきて、ドアをあけたとたんに、パパがママをなぐるのを見てしまったのだ。「あなた、わたしをなぐったわね。わたしやサナエには絶対に手をあげないって約束したのに、ウソついたのね・・・・」 ママはひざを突いたまま、下からパパをにらんだ。 そしてくるりと振りかえり、サナエちゃんを抱きしめた。「だいじょうぶよ。心 . . . 本文を読む
『ラジオ深夜便で作家・宮本輝の語ったこと』
10月16,17の両日、宮本輝氏へのインタヴューをNHKラジオ深夜便で聞いた。
* 〔明日へのことば〕 創作の源泉を語る 小説家 宮本 輝
なんでも『水のかたち』という上下2巻の長編小説が刊行されたとのことで、タイミングとしても時誼を得た企画だったと思う。
話によれば、終戦時10名弱の日本人が北朝鮮からの脱出を図り、 . . . 本文を読む
(夢のゆくえ)
翔太はその夜ふしぎな夢をみた。 夢の中で、彼は二階の子供部屋の窓辺に立っていた。 丘の上の二階家だから、下を走る国道からは三階建て以上に見える。 その部屋の大きなガラス窓に手を当てて、翔太は青黒くひろがる海をみつめていた。 堤防の向こうは片瀬海岸だ。 丘の上から見下ろす浜辺を、静かな時間が流れていた。 夢とわかっているのに、翔太を包む空気の感触はやわらかかった。 普段 . . . 本文を読む
ミズヒキ
秋の日の 控えめな挨拶を交わし長生きしてねと 別れを告げた
なんだか 不器用な労わりのようだが救命ヘリの お世話になった人だからあながち 的外れではないと思うのだけっして 予断を持って言ったわけではない秋に別れを告げて 都会に引き上げる切り替えの 時期だったから
高原にとどまる 老人のすぼめた肩が気になり来年また会えることを 望んだのだ手を振 . . . 本文を読む
(人生とんぼ玉) 大蔵さと子が工房を辞めたのは、秋が本格化した九月下旬のことだった。 ヨシキにとっては、先輩でもあり憧れの女性でもあった。 ガラスの扱い方を丁寧に教えてくれただけでなく、仕事を超えて近しい存在になっていた。 ヨシキが所属する工房では、主にアクセサリーに関する素材や技法を研究している。 顧客のニーズを掘り起こして、さまざまな装飾品にトライする試作室みたいなものだった。 経 . . . 本文を読む