続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

原点。

2011-07-24 06:57:38 | 日常
 思いがけない人に遭遇した。
 李ウーファン・・・四十数年前その人を見たことがあると言うに過ぎない。

 けれど、美術館で目が合った時、(!!!)誰、あっ、そうなの、そうに違いない。わたしの頭の中は忙しく記憶を辿っていた。

 美術手帳という雑誌に載った氏の論文はわたしを捉えて離さなかった。誌に応募したその論文は三席だったような気がするけれど、他のものより何故か衝撃的だった。
 当時お世話になっていた小林先生に「わたし、この論文を三回読みました」と伝えると「キミ、えらいねぇ」と褒めて頂いたことを記憶している。

 その後、氏はアーティストとして名を馳せ、美術館などで作品を鑑賞していたので、記憶は古びることはなかったけれど、まさか、目の前に現われるとは夢にも思っていなかったので驚いてしまった。
 時々思う、あの論文(内容は忘れてしまった)がわたしの原点だったのではないかと。


 懐かしい・・・といえば小林先生。
「あなたが会いたいと思う人がいたら、どんな人でも連れて来てあげますよ」といってくれた一言が、世界に風穴をあけてくれたような気がする。
「なにね、一流の人もただの人(普通の人)だと分かることが大事なんです」
 そう言ってくださった先生はすでに鬼籍に。

 先生、そこからわたしが見えますか?見えたらお礼が言いたいです。

『風の又三郎』53。

2011-07-24 06:41:32 | 宮沢賢治
ところが先生は別にその人を気にかける風もなく順々に通信簿を集めて三郎の席まで行きますと三郎は通信簿も宿題帖もない代わりに両手をにぎりこぶしにして二つ机の上にのせてゐたのです。

 通信簿はツウシンボと読んで、痛心簿。
 宿題帖は、宿(前世からの)題(解決されるべき事柄)
 両手は、霊主(神)
 二つはフウと読んで、封。
 机はキと読んで、鬼(死者の魂)
 上はカミと読んで、神。

☆ところが先生は別にその人を気にかける風もなく→みんな平等、同じという信奉。
 通信簿(非常な心配)も前世からの解決すべき事柄もない代わりに霊主をにぎりこぶし(グウ→Good/良し)にして封(とじた)鬼(死者の魂)を神に加えていたのです。
《みんな神になる》→平等が賢治の世界観、趣旨。