続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

〔意欲とは何か〕

2015-01-17 06:27:32 | 日常
 ロゴスドンの次の小論文、テーマは〔意欲とは何か〕である。

 意欲につける動詞は(沸く)であって、意欲するなどとは言わない。沸くという言葉を考えてみると、水が湯になり沸騰する場合や、観衆が興奮して声をあげる場合などに「沸く」と表現する。
 つまり、冷静、沈着、平明を逸した状態を沸くというのかもしれない。してみると、意欲というのは、冷静沈着・平明を動かす状態ということになる。

 気持ちが動く。落ち込むというようなマイナーな動きではなく、前向きな心の動きである。何かを為そうとする向上心への働きかけである。強い響きが隠れていると言ってもいいかもしれない。
 意欲は自己内に発生するものであれば他者には図れないが、その行動に現れる側面があるので他者の眼が感知することは大いにありうるし、仲間で一つの目標を目指すなどと意欲を共有することもあり、相乗効果でより高められることも少なくない。
 基本的に、意欲は自己内に留まるものであるが、共通の目的達成としての共有はありうるに違いない。

 逆に目的のない意欲というものは存在しない。何かに対する意欲なのである。
 意欲に懸ける行動には熱意があるが、意欲に欠ける行動には冷めた諦念の消極性がある。

 誰でも意欲を持って生き、生活の糧にしたいと考えているが、それを不可能にする様々な障害が日常の中にはあふれていて、目標だけに向かう意欲的な生活というものは条件が整わない限り難しい。

「意欲はある、しかし・・・」と、心が折れて嘆く前に、秘めた意欲を主軸に置き、しっかり強く育てて意欲を味方につければ、怖いものはないかもしれない。

《意欲は脈打つように自己内で沸き立っている》という活気が欲しい!

『まなづるとダァリヤ』35。

2015-01-17 06:22:54 | 宮沢賢治
「あっこれだ。これがおれたちの親方の紋だ。」
 そしてポキリと枝を折りました。赤いダァリヤはぐったりとなってその手のなかに入って行きました。


☆真(まこと)の法(仏の教え)を問う。
 詞(ことば)を接(つなぎ)釈(意味を解き明かす)趣(考え)は、新しい構(しくみ)である。

『城』1853。

2015-01-17 05:55:59 | カフカ覚書
お父さんになくても、お母さんのほうにあるにちがいない。なぜお父さんは転地をさせないないんだろうか。まさかこういう病気を軽く見すぎていらっしゃるわけではあるまい。きみのおかあさんにはちらりとお会いしただけだが、びっくりするほど顔色が悪いし、衰弱しきっていらっしゃるので、つい言葉をかけてみたくなったんだ。


☆なぜ砦を失なったのか、このような苦悩を軽く見ているわけではないだろう。きみのお母さんはちょっと見ただけだけれど、目立つほどに蒼白で虚弱に見えるので、つい言葉をかけてみたんだ。