続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

とにかく外へ出よう。

2015-01-24 06:59:28 | 日常
 衣笠城址バス停で話しかけてきた婦人の話によると、
「用もありませんけど、天気のいい日は出かけるんです。わたしは膝も腰も痛むんですけど家にいてもつまりませんから・・・。昨日はダイエーに行きましたけど、今日は・・・」と言い、「何時もここで乗り換えるんです。このバス停はベンチもあるし、屋根もありますから。今のバスで終点まで行っても乗り換えのバス停まで100メートルほど歩きますでしょ、それにベンチも屋根もないバス停ですから、ここで一端降りて横須賀駅行きを待つんです。何という用もないですし、急ぐこともないので」と笑った。

 化粧もし身なりも整えている婦人、相当暇をもてあましているようにお見受けした。けれど、とにかく家を出るということが運動にもなり健康の一助を担っているのだと思う。家を出たくないけれど、わざわざ用を作り出して家を出るわたしとは逆のような気がするけれど、根本においては同質である。

 
 考えてみると、わたしたちは長い旅をしている。ガタゴト電車やバスを乗り継いで、終着駅の見えない旅の途中である。
 年を重ね、老年のエリアに突入していることに気づき、あたふた、じたばた、喘いでいる。目を凝らすと、団塊以上の多すぎる高齢者たちで満席状態。押し合いへし合い、何とか今日の無事を願って生きている。

 向かったサークルも着いてみれば二人だけ。おしゃべりに興じて「じゃあね、またね」と夕刻を待って別れた。話題は二人とも、物忘れ。彼女は持って来たはずの携帯がないとバックをひっくり返し、わたしはパスモをカード入れから落としたらしく紛失、昨日は現金でのバスの乗降となった。
 でも、夜になってお互い、「家にあったわ」と両者納得。

 何も進展のない、ぼやけて忘却の彼方に封じ込められそうな一日の動向。非生産、非活発、有物忘れ、有倦怠・・・それでも一生懸命、出かけることを心掛けている。

『冬のスケッチ』6。

2015-01-24 06:52:27 | 宮沢賢治
 のばらにからだとられたり
 水なめらかにすべりたり
       *
 うすぐもり 
 日は白き火を波に点じ
 レンブラントの魂ながれ
 小笹は宙にうかびたり


☆ 推しはかること
 太陽を吐く(語る)
 化(形、性質を変えて別のものになる)を把むと、転(物事が移り変わる)。
 金(尊いこと)の照(遍く光があたる=平等)を細かく注(書き記している)。   

『城』1860。

2015-01-24 06:31:46 | カフカ覚書
もしかしたら、あさってそのチャンスがあるかもしれません。夜分、父は、縉紳館へ出かけます。なにか用件があるのです。それで、ぼくは、晩がたここへ来て、あなたを母のところへ案内しましょう。もちろん、母がそれに同意してくれたとしてのことですが、母の同意が得られるかどうかは、いまのところあまり見込みがなさそうです。


☆もしかしたら、あさってその可能性があります。父は夜分、大群のいるハロー(太陽・月などの暈)に出かけます。来世での話合いがあるのです。ハンス(国/団体)は、夜分ここ(ハロー)に来て、あなたを母のところへ連れて行きましょう。もちろん、母の賛成があってのことです。しかし、まだ予言者の存在は不確かですが。