続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『飯島晴子』(私的解釈)荒肌や。

2021-04-14 07:01:47 | 飯島晴子

   荒肌や沼底の貝はみな恥ぢ

 荒肌はコウ・キと読んで、後、記。
 沼底はショウ・テイと読んで、章、綴。
 貝はみな恥ぢ(貝皆恥)はバイ・カイ・チはと読んで、倍、皆、質。
☆後記:章の綴りは倍(同じ数を二度、または何度か加えること)が、皆(すべて)の質(内容)にある。

 荒肌はコウ・キと読んで、皓、器。
 沼底はショウ・テイと読んで、傷、抵。
 貝はみな恥ぢ(貝皆恥)はカイ・カイ・チと読んで、買、改、置。
☆皓(白く輝く)器の傷、抵(相当するもの)買い、改めて置いた。

 荒肌はコウ・キと読んで、溝、危。
 沼底はショウ・テイと読んで、傷、態。
 貝はみな恥ぢ(貝皆恥)バイ・カイ・チと読んで、狽、介、血。
☆溝は危ない。
 傷(けが)の態(ありさま)に狽(慌てる)。
 介(小さな)血がでた。

 荒肌はコウ・キと読んで、恍、気。
 沼底はショウ・テイと読んで、娼、偵。
 貝はみな恥ぢ(貝皆恥)はバイ・カイ・チと読んで、売、拐、質。
☆恍(うっとりする)気(けはい)の娼(客をもてなす女)。
 偵(さぐる/うかがう)売(あきない)には拐(かどわかす)質(内容)がある。


若林奮『振動尺試作Ⅴ~Ⅶ』

2021-04-14 06:20:04 | 美術ノート

   『振動尺試作Ⅳ~Ⅶ-あるいはスプリング蒐集改(2nd Stage)』

 同じような直方体の列、4本が整列している、永遠に続くかの断片である。それぞれ異なった刻みがあるが、連続を暗示する接続らしきものがある。(在ると言えば在り、無いと言えば無いものであるが)

 直方体、つまり直線である。自然界にずっと続く直線はなく、海でさえも厳密には水平ではない。あえての直線は意思であり、人智での憶測である。
 きっと…絶対に・・・。
 時間は直線ではないか、あるいは生命の連鎖など。地上における運動は総て横並びに過去と未来を持ち真っ直ぐに連鎖していく。
 存在を確定するもの、空気と物質の関係、元素の不変、化合、還元、酸化などの循環、それらは複雑ではあるが、律を外すものは皆無である。

 地上のあらゆる要素は古来不変の決定事項の上に成り立っている。それらを精神的に可視化したならという推測であり、形状は、黒(彩色の排除)、断続的な刻み跡、直方体(人為)を仮定しての接続を可能とする断片という究極最小の条件に絞られている。
 存在を形成する見えないものの可視化は誰も見ていないゆえに自由であるが、共通の理解、共感は難しい。


 写真は『若林奮ーVALLEYS』横須賀美術館


『城』3633。

2021-04-14 06:11:51 | カフカ覚書

これは、あなたにとっても、わたしたちにとっても大事なことですものね。しかし、それ以外の点では、わたしたちがあなたは完全に自由です。わたしたちがあなたにお願いする仕事も、むずかしいものではないでしょう。心配はご無用ですわ。だから、来てくださるでしょう。


☆これは、あなたにとっても、わたしたちにとってもまったく同じように、唯一の束縛なのです。それ以外は全く自由です。現場不在証明はわたしたちを苦しめません。それによって、あなたが恐れることは何もないのです。