思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

志賀直哉の2月11日「紀元節」反対ー-明晰で強く、真に説得的な75歳の文章=思想

2005-05-10 | 社会思想

以下は、1958年、志賀直哉が、紀元節による2月11日の「建国記念の日」制定に反対した文書です(このときは多くの反対で制定されませんでしたが、度重なる廃案を経て、1966年、自民党の執念により「制定」されました。翌1967年2月11日より実施)。

この文書は、1958年2月11日の朝日新聞に掲載されたものですが、「白樺文学館」の創設時に「生原稿」を入手しました。岩波の1999年版「志賀直哉全集」第十巻にも納められています(以下は、私、武田の抜粋により半分程度に縮めたものです。旧仮名遣いは改めておきました)。

石原東京都知事の独善的なイデオロギーに基づく言動を批判した3月30日のブログで、「紹介します」とお約束した文書です。


紀元節 志賀直哉

今、紀元節が議会の問題になっているが、どうしてそれ程にこんな事が問題にされるのか私には不思議に思われる。・・・・・

若い人々にとって、信じもしない紀元節を遺されるのはまことに迷惑な話である。紀元節は作られた伝説で、この虚構を迷信にまで発展さして何かに利用しようという悪い考えを持っている者が居ないとはいえないのだ。既に歴史としてはっきり否定されているものを無理に押しつけられることは如何に若い人達に苦痛であるか、もしここで譲歩するといつどういう事が起きるか知れないと思うのは無理のない不安である。また教育者が子供にきかれても返事の仕様もないという、これも立派な反対の理由である。・・

古い国程、こういう記念日はないという。ない事が寧ろ自慢の種になるなら、一度やめた紀元節を多数の反対を押切ってまでつくろうという連中の気がしれない。・・
間違っていた事は段々と正して行くというのが学問だ。その間違っている事を承知で、政府が復活し、国の祝日にしようというのはまことにおかしな話である。

 
志賀直哉75歳、明晰でまことに見事な文章です。イデオロギー臭のない強くさわやかな思想は、読むもの皆が納得します。言うも愚かですが、どこかの「作家」とは次元が違い、比べものになりません。


コメント
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