彼等の心臓さえはっきりと人目に映ずる 2014-03-23 23:09:24 | 文学 公園、カフェ、ステエション――それ等はいずれも気の弱い彼等に当惑を与えるばかりだった。殊に肩上げをおろしたばかりの三重子は当惑以上に思ったかも知れない。彼等は無数の人々の視線の彼等の背中に集まるのを感じた。いや、彼等の心臓さえはっきりと人目に映ずるのを感じた。しかしこの標本室へ来れば、剥製の蛇や蜥蝪のほかに誰一人彼等を見るものはない。たまに看守や観覧人に遇っても、じろじろ顔を見られるのはほんの数秒の間だけである。…… ――芥川龍之介「早春」