
『然う昨夜も、』と竹山は呟く様に云つたが、ニヤニヤと妙な笑を見せて、『病院の窓は、怎うでした?』
野村はタヂタヂと二三歩後退つた。噫、病院の窓! 梅野とモ一人の看護婦が、寝衣に着換へて淡紅色の扱帯をしてた所で、足下には燃える様な赤い裏を引覆へした、まだ身の温りのありさうな衣服! そして、白い脛が! 白い脛が!
見開いた眼には何も見えぬ。口は蟇の様に開けた儘、ピクリピクリと顔一体が痙攣けて両側で不恰好に汗を握つた拳がブルブル顫へて居る。
「神様、神様。」と、何処か心の隅の隅の、ズツと隅の方で…………。
――石川啄木「病院の窓」