明智は訳の分らぬ不安を感じて思わず立上ろうとした。
と、その途端、恐ろしいことが起った。ノロノロと歩いていた怪物共が、突然矢の様に走り出したのだ。そして、アッと思う間に、一飛びで、明智と波越警部のまわりを取り囲んでしまった。四つの白く光るものが、夫々黄金マントの合せ目から、ヒョイと覗いた。ピストルだ。
「ハハハ……、とうとう罠にかかったな、明智小五郎」
一人の黄金仮面が低い声で言った。ルパンの部下の日本人だ。
「連れは誰れだね。恐らくは波越捜査係長だと思うが。アア、やっぱりそうだ。こりゃ迚も大猟だぞ」
三日月型の唇が嬉し相に言った。あとの三人の金色の顔から、ペロペロペロと低い喜びの声が漏れた。
「明智君、僕等がこんなに早くお迎いに来たのを、不思議がっている様だね。流石の名探偵も少し焼が廻ったぜ。君は僕らが物見台を持っていないと思っているのかい。君はまさか大仏様の額にはめてある厚板ガラスの白毫を見落した訳ではあるまい。僕等はあのガラスのうしろをくり抜いて、物見の窓にしているのさ。昨日から君がこの辺をうろついているのを、すっかり見ていたのだよ」
黄金仮面は憎々しく種明しをした。
――江戸川乱歩「黄金仮面」
仮面は仮面と素顔を分割して事態を単純化してしまう。もっと何重にも何分割にもわれわれの姿というものは複雑だ。たとえば、「政治と文学」もそうである。
「政治に対する無知」は現象ではなく、政治と人間の分割である。つまり人間がよくも悪くも?「法外な」(田中希生氏)動き方をしてしまうことを無視する態度であって現象ではない。政治に興味をなくすってことはほぼ芸術に関心を持てなくなることと一緒なのである。だから「政治から文学へ」みたいなのを逃避と捉えただけでは全体像、いや現象すらを見失う。