遠くの、稲積の方を 2014-05-28 23:15:09 | 文学 少年は老人の手にふたつの時計をわたした。うけとるとき、老人の手はふるえて、うた時計のねじにふれた。すると時計は、また美しくうたいだした。 老人と少年と、立てられた自転車が、広い枯野の上にかげを落として、しばらく美しい音楽にきき入った。老人は目になみだをうかべた。 少年は老人から目をそらして、さっき男の人がかくれていった、遠くの、稲積の方をながめていた。 野のはてに、白い雲がひとつういていた。 ――新美南吉「うた時計」 #小説(レビュー感想) « アクリル板のなかの女神たち | トップ | 一列になって出て来る »