花好き・旅好き80代北国女性の日記(ブログ開設18年目)

趣味はガーデニングと家庭菜園、外国旅行だが、新型コロナ禍と膝の不調、円安が重なり、今は外国行きは見合わせている。

大雪後、車での外出は危険だった

2024年01月28日 | 日記

大雪後、初めて買い物に車で出た。

JRの踏切を渡ろうとした時、踏切内の異常な状況に驚いた。2日間で60cm程降った雪が、通る車に踏まれて15cm近い圧雪状態になっていたのだが、電車が通るレールには雪が無いので、まるで太いかまぼこが横に並んでいる様な状況だったのだ。果たして私の小型車で渡りきれるのか不安になった。

もしも踏切内で立ち往生してしまったらと思うと恐ろしかったし、急な段差で車体が雪山にこすれるのも嫌だった。しかし、ゆっくりと発進して進んだら、何とか渡れた。ホッとした。

おそらくJRの保線の人は、大雪後の作業が追いついていないのだろうと思った。

買い物を済ませた後、帰りは別の踏切を通ることにした。回り道になるが安全第一だからだ。

交通量が多いためか凸凹の段差は低くなっていたが、轍ができていた。丁度大型車とすれ違った。その際、大型車が私の方に傾いた。瞬間的に車体がこすれるのではないかと思った。危なかった。

踏切をやっと抜けて町中に出たが、道路の両側にうず高く雪が積もっている結果、道路が狭い。そんな町中をゆっくり走ったが、突然、深い轍に嵌まり、何と車が反対車線に向かって行ったのだ。幸いなことに対向車が来なかったので事故にはならなかったが、肝を冷やした。

運転歴49年になるが初めての体験だった。やはり、大雪の後は3~4日運転を控えるべきだと思った。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大荒れ天候の顛末

2024年01月26日 | 高齢期の生活全般

一昨日から昨日一杯、日本列島に2日間続いた降雪と猛吹雪は、記録的な傷をあちこちに残した。

能登半島の被災地は、雪で道路の段差や亀裂が覆い隠されて危険な状態に陥ったらしい。また、西日本や東北、北海道の太平洋岸でも降雪量は多く、ニュースで除雪に追われる人々の姿や雪に埋もれた車やバスの姿を報じていた。

航空機やJRの欠航、運休が多く、旅行者の足が、またバスの運休は通学、通勤、通院など、多くの人々の生活の足が奪われた。

我が町も2日間暴風雪が吹き荒れたが、私自身は体力的に重い雪を長時間除雪し続ける事ができなくて、1回30~40分程度の作業が限界だったから家に入って1時間休み、また作業に戻るという風に回数を多くして除雪をこなした。

今回は除雪してもまた直ぐに10cm程降り積もるので、作業回数も増えた。

今朝は晴れたので、日が出ない6時前から起きて薄暗い中、除雪を始めた。し始めた時は余りの降雪に絶望的になったが、休み休み3回除雪してなんとか完成させられた。玄関前の雪は庭に排雪したので、庭の積雪の高さは150~180cmになった。

車庫前には大型除雪車が来て、道路を削った雪を両側に押し除けていくので、沢山の硬く重い雪が置いて行かれる。それを取り除かないと車を出せない。しかし、既にその雪の捨て場が無く、本当に困った。

仕方が無いので車道と歩道の間に積み上げる事にしている。

この先、せめてもう1週間位は雪が降って欲しくないが、どうだろうか。

※除雪が済んだ玄関前から車道まで

※車庫前から移した左の歩道と右の車道の端に積もった雪山

 

我が家でもこうなのだから、町中どこも交差点には高い雪山ができていて、車で行って目の前の道路に出ようとする時、信号機がない交差点では左右の見通しが効かず、なかなか車を進めることができない。極めて危険な状態が続いている。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

本格的な除雪が始まる

2024年01月13日 | 暮らしと住まい・耐久消費財

昨夜から予想していたことだったが、今朝起きて見るとかなりの降雪量だった。水を飲んで外に出た。30cm程の積雪量だ。

意を決して早速除雪に取りかかった。初めは玄関前から道路まで歩くところをショベルでハネ、その後は小型の「ママさんダンプ」で除雪した。

早朝に除雪車が来て、道路の真ん中の雪を削り、左右に置いていくのだが、その雪が硬くて重いのだ。これは各家庭で処理する事になっていて、我が家では2台分の車の出入り口にどっさりと置いて行かれるのが辛い。

気温は-5度だったが結構汗をかいた。時計を見たら50分掛かっていた。

今冬、今まであまり降らなかった雪も、これからは降る日が多くなるのではと心配だ。

除雪作業は確かに冬場の運動にはなるが、天から有無を言わせずに指令されてする運動なので気持ちが萎える。80歳になった所為か体力的にも昨年よりきつくなったように感じる。しかし、この雪は、日本海の海水が水蒸気になって雲に成り、ここに雪となって降ってくれたのだと思うと、不思議な感情が湧いてきた。

 

            

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

来客部屋に設置したTV

2024年01月10日 | 暮らしと住まい・耐久消費財

昨年末、来客用の8畳の洋室に新たにTVをつけた。来客と言っても頻繁に来て泊まるのは家族が大半だが、居間のTVだけでは見たい番組が重なることがあって今までも都合が悪いことがあった。

先月下旬に、私用と客用に「電気敷き毛布」を2枚買いに行った電気店で、衝動的に買うことを決めたのだった。

初めはもっと小型でも良いかなと思ったが、店員に勧められて32型にした。

我が家を建てた時、全ての部屋にTVアンテナとPC線を入れて貰っていたので、問題なく設置できた。

これで、泊まる人の快適さを少し増やせたかなと思う。

ついでに「電気敷き毛布」について言うと、これは素晴らしく快適な製品だと納得している。今まで寒い北国で暮らしてきた冷え性の私は、気温が下がって来る11月中旬~2月末迄、毎晩「湯たんぽ」を使う事が多かった。

昔からある「湯たんぽ」は、適当な温度に加熱した適量の湯を沸かして使う身体に優しいECOな生活道具だが、結構手間が掛かるものだ。

それに比べると「電気敷き毛布」は、寝る前30分間程度、電気を入れておくだけなので楽だ。もち論布団に入ったら電気を消すが、朝まで快適に寝られる。なので、電気代も余り掛からないという優れものだ。しかも時々、毛布部分を洗えるのも衛生的で素晴らしいと思う。

年末から来た家族にも喜んで貰えた。

          

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

我が家の今年のお節料理

2024年01月05日 | 医療・健康・食生活・衣生活

今年は帰省する家族が1人だけだったので、お節料理は簡素に済まそうと考えたが、それでも終わってみると結構色々作った。今覚えているものだけ書き出そうと思う。

年末は、「なます」「うま煮」「黒豆」「生チラシ寿司」「野菜サラダ」等を作って供した。

「黒豆」は、初めて煮たが、圧力鍋で40分で柔らかく出来上がった。古釘は無いので入れなかったが、空気に触れたら豆は酸化して真っ黒くなりホッとした。余りにも美味しいので、黒豆を買い求めて更に400g作った。

元日は、花友さんが手作りしたのをいただいた「伸し餅」で「汁粉」を作った。小豆は自家生産した一昨年のだったが、圧力鍋で30分の加熱で程よい堅さになった。

その日は「おでん」も作り、根菜類をたっぷりと食べた。「ホウレン草のしたし」「オムレツ」も作った。

2日には、「汁粉」用に炊いた小豆の一部を早めに取り出したのと、完成した小豆の煮汁を使い、「赤飯」を炊いた。また「ホタテと鶏団子の鍋」も作り、余っていた「うま煮」や「なます」を添えた。

3日は、「紅塩鮭」を焼いたり、「スパゲティ・ミートソース」を作った。ソースは缶詰のトマトと挽肉、玉葱、ニンニクを使って、たっぷりとできた。

4日目は、「縞ホッケの開き」を焼いたり、「エビ、ピーマン、舞茸の天ぷら」「カボチャとゴボウ、さつま揚げの煮物」を新たに作った。

それぞれの料理は、多めに作って、連続しないように何回かに分けて供した。11月に漬けた「大根の糟味噌漬け」は、毎食食べて貰った。

5日目の今朝は、最後の「伸し餅を揚げ」て、海苔を巻き食べた。また、残っていた「うま煮」「なます」なども片付けた。下ごしらえしてあった「豚ロース」で「とんかつ」も作った。

蟹は無かったが、これで今年の手作りの正月料理は終わった。

台所にいつもよりも長時間立ち続けていたので、膝が少し痛み出したが、湿布を貼り漢方薬を飲んだ。80代になり無理が利かなくなって来たので、来年はもう少し簡素化したいと思ったりしているが、作りたてで,、自分好みに味付けした料理は美味しい。また、市販の加工食品に入れられている殺菌料、防腐剤、着色料、合成糊料などの人体に有害な添加物は、できるだけ避けたいので、ついつい頑張ってしまいがちなのだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

年頭の事故に思う

2024年01月05日 | 社会・事件・ニュース

元日から思いがけない能登半島で起きた震度7の地震と、翌日起きた羽田空港でのJAL機衝突による機体の炎上事故は、いつ何が起きるか分からない驚きと不安を全国民に引き起こした。

幸いにもJALの搭乗者と乗員全員が脱出に成功したニュースは、アテンダント達の的確な誘導と慌てずそれに整然と従った乗客達が世界中から賞賛されている。

しかし、地震の被害は、建物の倒壊、発生した火災によって、その下敷きになる等で亡くなった人達が多い。被災者数は日に日に増え、まだ行方不明者も多いようだ。

幹線道路や空港、港の多くが破壊されたため、救援物資を中々届けることができないという。真冬の寒さの中で家を失った多くの被災者たちは、避難所に行っても満足な寝場所や暖房、防寒着、水、食料が無く、トイレも不足していて、その苦難を思うと胸が痛む。

1日も早い復興を望むが、被害が甚大なだけに、多くの時間が掛かるだろう。ようやく炊き出しなどが始まったらしいが、被災者達には何とかこの苦難を乗り越えて欲しいと願うばかりだ。

こうした震災が起きる度に、日本列島が火山列島で、活断層が住んでいる近くや日本列島の直ぐ傍に沢山ある事を考え、私達の周囲でも、何時、同様の地震や火山噴火、津波が起きるか分からない。

近隣の自治体と住民達による救援行動が始まるだろうが、個人としても日頃から防災意識を持って、できる対策はしておきたいと思うばかりだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2024年の新年を迎えて

2024年01月01日 | 日記

  新年 おめでとうございます

                     2024年元日

            今年も宜しくお願い致します

 昨年は新型コロナの世界的な感染は終息せず、ウクライナに続き、ガザでも愚かな武力侵攻が起きました。今年は世界の人々の知恵と行動で、一日も早く多くの人々が意味なく命が奪われる事がなくなり、平和が訪れる事を切に願いたいです。

 私自身は、思いがけず八十路を迎え、目や膝の衰えを痛感しています。

 哺乳類の中でも人間だけに訪れたという老後だそうですが、今年も身近な所で何らかの役に立てたり、新たな楽しみを見つけられたら嬉しいです。

 また種から苗作りをして育てる家庭菜園は、コロナ下でも毎日、結構やることがあり、退屈する事がなくて有り難かったです。今年も育てる楽しみと共に収穫の喜びを味わうために、苗作りから工夫しつつ続けたいと思います。

                         ソ ナ タ

      

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする