先日、我が家の「ウオッシュレットトイレ」の操作盤が作動しなくなった。外して見たら、単3乾電池の1本が液モレしている。
私はすっかり電池のせいだと考えて、先ず、電池の製作販売会社に電話した。
担当者が「点検修理は当方でします。」と真摯に対応してくれた。
早速、トイレのT会社に問い合わせしてくれ、係りの人が直ぐに来宅した。
色々トイレを点検していたが、その後、「調べたら、操作盤の不具合ではなく、トイレ本体側の信号受信装置盤の劣化によって、上手く受信できなくなった疑いがあります。」
「しかしこの機種は10年の保障期間が過ぎたので、既に生産されていません。部品もありません。従ってトイレを新しくする事になりますね。」という。
そして、本体全部を新設するなら20万円位、信号受信装置の便座後部だけの交換なら10万円位かかると言う。
我が家は2階にも同じ機種のトイレがあるが、そこは使用頻度が1階よりも少ないので、まだ受信装置盤の機能はそれ程落ちていなかった。
それで結局、1階と2階のトイレの操作盤を交換して、使用頻度が高い1階トイレを、以前の状態に戻してもらった。
その代わりに2階トイレの操作盤は、好きな設定ができなくなってしまったのだ。
その内、また必ず、受信装置盤が今よりもっと劣化すると思われる。その時にどうするか。
トイレをすっぽりと取り替えるのか、背面上部だけを取り替えるのか、または、水は手動で流せるので、ウオッシュレットが故障して使えなくなった状態で使い続けるかを選択しなければならないのだ。
その担当者は、「ホームセンターなどに行くと、量販店向けの商品が安く売られています。当社の製品もありますよ。ただし、機能が少し落ちますが…」とも教えてくれた。
今やトイレは家電製品だ。蓋を外すと、内部は複雑に配線してあり、その1箇所でも故障すれば全く用を成さなくなるという無常な現実を改めて知った。
現代は高度な文化生活をする裏で、耐用年数を製作販売側が決定していて、それが過ぎると会社側は責任を負わなくなる。
仕方なく消費者が再度購入しようとすると、高額な費用が掛かる、という理不尽な仕組みを思い知ったのだ。
昔、多くの家庭で使われていた裸電球は、耐用時間が1000時間と決められていて、その頃に使えなくなるように造られていたと聞く。もしもいつまでも使える電球なら、電球の売り上げは落ちて、会社は利益を得られないからだ。
冷蔵庫、洗濯機、掃除機、TVなどの家電製品は、皆同様な考え方で会社に利益誘導するべく耐用年数が一方的に決められている。
私達消費者は、便利さを得る変わりに、大変な精神的、経済的負担を押し付けられているのだと今更ながら思った。